乙武 洋匡さんのnoteを読んで、涙がポロリ、考えることがたくさんありました。
おはようございます。
【50代主婦ファイナンシャルプランナーが考える「お金」「子供の教育」「親子で勉強」「大人の学び」】でnoteを書いているPです。
今日もさっそく書いていきましょう❣️
本日は、たまたま目に留まった3年以上前に書かれた乙武 洋匡さんのnoteを読んで。
記事は以下です。
「親ガチャ外れ」って言葉は数年前によく聞いた言葉です。
ひょっとしたら、愛情もって育てられ、そこそこ裕福に不自由なく子ども時代を過ごしていた方はこの言葉を知らないかもしれません。
(「親ガチャ外れ」の意味については、乙武 洋匡さんのnoteに詳細が書いてありますので割愛します。)
私の家はとんでもなく問題の多い家庭でした。
父は働かずお酒ばかり飲んでいて、借金を繰り返し、家には毎日のように取り立て屋さんが家の前にいました。
母は働く気がないというか、能力が著しく低く、常識がなく、就業できるような人間ではありませんでした。
お金がないからか、親に知識がなかったからか、私は幼稚園に行っていません。
「おかあさんといっしょ」も見ていません。
奇跡的に小学校に入学出来ましたが、生まれてから6年間まともな生活をしていないため、コミュニケーション能力が著しく低く友達が出来ず、常識が身についていないので恥ずかしい経験をたくさんしました。
家賃も払えず、家には電話もなく、学校からの連絡なども入らない状況でした。
参観日や運動会に親が来るのが嫌で嫌でたまりませんでした。
ご近所さんにお金を借りることもありましたので、私は肩身が狭く、恥ずかしく、小学校に入学後状況が理解でき始めると生きているのが辛くなりました。
家に民生委員の方が出入りしていたのも覚えていますが、まともな方の意見を受け入れられない、堕落した生活しか出来ない親だったので、生活は改善しませんでした。
もう、親戚からも音信不通、誰とも関わらない生活だったと思います。
このような状況でしたので、大人になって「親ガチャ外れ」という言葉を聞いたときに、すっと私の中に入ってきました。
しかし、私の育った状況を理解できる人はおらず、私が高校にあまり通えていない事、大学に進学していない事が親のせいだと説明しても、私の努力不足、自分で考えて行動していればどうとでもなったでしょと言われることが多々ありました。
そりゃあ、そうですよね、この裕福な時代に想像もつかないですよね、こんな貧乏生活、、、
でもね、本当の話なんです。
私が人生のまともなレールに乗り始めたのは、成人してからです。
成人し、自分の目で世間を見て、自分で考えて行動できるようになりました。
かなりの出遅れですが、それからは浮き沈みありましたが順調に生活出来ています。
今の私があるのは、自分の努力と偶然と奇跡とラッキーがたくさん重なったからです。
今はそれなりに裕福に生活出来ています。
で、そんな時に偶然目に留まった乙武さんのnote。
今だから冷静に読めました。
そして、乙武さんの意見に私も同意見です。
これを読んだとき、私は涙がポロポロ流れてきました。
乙武さんに私が子ども時代に会いたかったなと。
私は今の生活に満足はしていますが、子ども時代の辛かった生活を忘れることはありません。
何かをきっかけに思い出すと気分が落ち込み、精神状態が不安定になります。
乙武さんのハンデは大きすぎて、私には到底理解できませんが、その乙武さんの言葉なので、間違いないと思いました。
私のハンデもかなり大きかったと思いますが、克服できました。
これからの人生、この経験を踏まえて、誰かを助けられるかもと前向きな気持ちになりました。