霞む空にも
「元気ですか。この声、聞こえますか。今、どこで何をしていますか。」
振り返ると、ここ1年ほど会いたい人に会えていない状況が続いている。私のみならず、日本中、いや世界中の多くの人がそうである。会えなくても、電話やSNSでコミュニケーションを取って人と繋がったり、心を通わすことはできる。でも、相手から醸し出る雰囲気を存分に感じることはきっとできない。一緒に何かを取り組んで共に生きている感覚もあまりない。静けさの中で黙々と目の前のことに向かうことしかできないと途方に暮れる日もある。
この状況になる前のこと。バイトが終わって疲弊した体にアルコールを取り入れた夜。バイト先の仲間とああでもない、こうでもないと語り合った。「あの人は〇〇だと思うけれど、実際のところはどうなんだろうね」「この間こうやっていわれてさ」…… 挙げればきりがないくらい、夜の23時から朝の4時まで語り合った。あの頃の私(たち)には、重すぎた課題もなんとか背負って、一緒に肩を組んで歩いている感覚がどこかあった。でも、今は「各々の道を好きに歩こうじゃないか。怖いけれど、前が霞んで見えなくなるけれど、歩いている感覚を大事にしてさ。ほら、ゆっくり歩いて行こう。」とでも言われているようだ。学生の殻を破って、パリんと割れた殻が顔や足に張り付いても、上手く割れなくても少しずつ羽ばたいて空を飛ぶのを待つ。まるで一匹の鳥として羽ばたくのを夢に見ているかのようだ。
靄にかかって飛びづらいと思った日でも、誰もが翼を空で広げられる。小さな光を今集めていこう。ゆっくりと、しなやかに。
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