良い家のお嬢さん
「桐ヶ谷くんはよほどご両親に大事に育てられたんだろうね。見てれば分かるよ。良い家のお嬢さんなんだって」
短大を卒業して働いていた先の上司に、このセリフを何度かその時々で表現を変え言われたことがある。私はその度に曖昧に微笑んで、そんな事はありません、と濁していたが、内心は愕然としていた。
どこをどう見れば「大事に育てられたお嬢さん」なのだと。むしろ真逆の育てられ方をしたのにと。
小学校低学年の時、靴の脱ぎ方が汚い、と父に近所中に響き渡るほど怒鳴り散らされながら、私のその靴を、道1本挟んだ向かいの家の敷地内までぶん投げられた。取ってきて綺麗にそろえるまで家に入るな、というわけである。私が靴を取ってきて玄関の隅にそろえるその間、ずっと父は鬼の形相で玄関先に仁王立ち……。
二階を歩いていればまた怒鳴られながら名前を呼ばれ、足音がうるさいと怒鳴られ……。
靴はいつもそろえて脱ぐようになり、足音は立てないように歩くようになり……こういう例は枚挙にいとまがない。とにかく怒鳴るネタがあれば口汚く罵り怒鳴り散らされる。
小学校低学年だって普通に言われればその通りに出来る。それをあの父はいつもストレス発散なのかなんなのかデカイ声で怒鳴り散らし人の気に食わないところを見張っていた。
幸い手が出ることは滅多になかったが、言葉の暴力にいつも怯えている子供時代だった。しかも怒鳴られるだけでは終わらない。週に最低1回以上は夕飯の後「説教」がある。
「説教」で何を言われたのか、正直何一つ覚えていない。ただ正座をさせられて短ければ1時間、長ければ3時間コースのひたすら「はい」しか許さない地獄のような時間を父の気が済むまでされた。ちなみにこの説教は私だけに行われ、妹や弟はされたことがない。
物理的に殴る蹴るというのはないが、本当に言葉で暴力を振るわれていた。名前を呼ばれるだけで恐怖だった。
実家は自営業だから、父が家にいる確率は高かったのだ。だから父の目の届かない二階でひっそりしているのが常だった。
学校ではいじめにあい、家では虐待。私の逃げ場所は現実逃避できる読書にしかなく、その読書でさえ、母の八つ当たりでビリビリに破かれぐしゃぐしゃにされる。口答えなんかしたことない。ただ自分に起こるこれらの暴力を静かに受け入れるだけの毎日。
それが「両親に大事に育てられ」た「良い家のお嬢さん」?笑わせる……。
虐待された例を挙げればキリがないけど、私が精神疾患を患っているのは間違いなく実家のせいだ。
心療内科でもそう言われている。
実家とは絶縁している。父とそっくりの妹とも絶縁。両親に大事に育てられ愛情を一身に受けていた弟だけは時々連絡を取る。
他人からの「礼儀正しい」という褒め言葉の裏で私がどんな「教育」をされてそのようになったのか、正しく見極めてくれる人などいない。自殺を考えている時間と読書の間だけ現実を忘れていられる子供時代の賜物として「良い家のお嬢さん」なんて言葉は両親の仕打ちを肯定されているようで辛い。
私と夫の間に子供が出来なくて良かったと思えるのは、同じ仕打ちをしてしまいそうな不安から無縁でいられるからだ。
いい大人になって、今更私の挙措を「良い家のお嬢さん」だからという人はいなくなったことだけが救いだ。