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私はバイセクシャルです

初恋は女の子だった。

中学の演劇部の部長。天然のソバージュの髪型でもう顔もあまり思い出せないけれど、彼女を好きになって、初めて恋というものを知った。けれど、初恋というものは実らないのが定説であり、加えて彼女は同性だ。告白なんて出来るわけがない。本や漫画の中で知っていた恋というものは異性に向けられるものであることも知っていたし、憧れが高じたのかなとも疑ったが、今思い返してみても、あれは恋特有のときめきだったと思える。

次に好きになったのは、男性だった。やはり中学の先輩。体格はよかったが男の子にしては女の子のような奇麗な顔をしている人だった。色白すぎて、いつも頬が赤いのが可愛かった。彼にはバレンタインにチョコを渡した。

男の人には恋をしたのは彼も含めて3人。女の人に恋をしたのは5人。

女の子との恋が実ったのは女子高時代の一人だけだ。あれは女子高という、異性のいない世界だから起こった特殊な事例だと思っている。女性に恋をしても私には、せいぜい良い後輩、良い友人としか振舞えなかった。可愛がられるところまで持っていけるのが精いっぱいだった。

好きな人に奇異な目で見られるなんて辛すぎる。だから相手にとって可愛らしくて良き理解者、という立場までが、私の獲得できるすべてだった。

同性を好きになるのは、辛さも喜びも、異性を好きになるより深い。絶対かなわない恋と分かっているから、身悶えするほど辛い。その代わり友人として大切にされる。異性ではこうはいかない。

ミクシィ時代、男にも女にも関係なく恋愛感情を抱くバイセクシャルであることを告白したとき、あるマイミクさんから「悲しみも喜びも2倍ですね」と言われた。その通りだなと思う。

異性を好きになるにしても、いわゆる男らしい人を好きになることはなかった。女性成分多めの人を好きになった。そしてそんな夫を好きになった。

今ではあまりその頃の可愛らしさは残っていないが、夫は夢見るロマンチックな少女めいたところがあって、外見もしぐさもどこかそういう、少女めいたところがあったのだ。今はその私の愛した少女性は鳴りをひそめてしまったけれど、それでも変わらず好きだ。

だから、結婚できたのは幸運だったなとよく考える。どちらかというと同性に、より惹かれてしまう私の性分として、結婚は無理かもしれないと思っていたから。

そうして、異性と結婚できたのだから、言ってもいいだろうとごく楽観的に、母に話した。自分はバイセクシャルであると。

母は「なにそれ…気持ち悪い…」と嫌悪感むきだしで私を見て、それから、一切連絡してこなくなった。

私のほうからももちろん連絡なんて取らない。「気持ち悪い」なんて言われるとは、思ってもみなかった。これまでの辛さ苦しさ、そういったものには全く想像もしないで、いきなり「気持ち悪い」。あの目…。あんな目で見られるなんて…。

その夜、夫に事の次第を話して泣いた。

夫ももちろん私がバイセクシャルであることを知っているが、今現在俺を好きなら別に関係ない、と寛容なのか無関心なのかよく分からないが、私の性癖を認めてくれている。

「気持ち悪い」。

そうか私、気持ち悪い人間だったのか。改めて、これまで好きになった彼女たちに恋を告白しなくて良かったと思えた。私が好きになった人たちだから、「気持ち悪い」なんて反応が返ってくることは考えにくいが、それでもそれまでの関係を終わらせられてしまう可能性は高かったかもしれない。

今は夫一筋だし、いったん好きになると、私はよほどのことがない限り嫌いになることはない。すこし偏執的な面もあるし。

バイセクシャルです、なんて公言することは、母のあの反応に懲りて、もう二度としないよう決めた。カミングアウトするのは、匿名のネットのみ。

本当にショックだったのだ。
母に言ってから一日も欠かさず毎日鏡を見るとあの声が蘇る。
「気持ち悪い」。
もう10年近く前のことなのに、ずっとあの目、あの声が再生され続けている。
朝、夫を起こすまでちょっと寝ようとか横になると突然思い出す、昼寝の時も夜眠るときも。
そのたびにガバッと起きて、泣くのをこらえながらタバコを吸ってなんとかやり過ごす。

私はバイセクシャルで、「気持ち悪い」人間です。