【R18小説】#7 初キス
朝早くに、目が覚めた。
今日は彼が私を病院に連れて行くために迎えに来てくれる。
なんだかデートの待ち合わせみたいでニヤけてしまう。
いつもより念入りに肌の手入れをする。
スチームを当てて、マッサージをする。
彼の目にきれいに映りますように・・・。
願いを込めて化粧水を肌に押し込む。
あまり気合いを入れてメイクをすると、濃くなりがちなのがメイクの落とし穴。
さりげなく、自然に、艶やかに。
誰かのためにするメイクは初めてだ。
(ついたよ)
彼からLINEがきた。
こんなに嬉しい言葉がこの世にあるんだ。
たった一言なのに人を小躍りさせてしまうほどの彼の言葉が愛しい。
マンションの前に彼が車を停めている。
私の姿をみると走ってきて、荷物を持ってドアまで開けてくれる。
彼の彼女はこんなことを毎回してもらえるのか・・・。
「昨日はごめんね。帰ったあと大丈夫だった?」
「うん。すぐに手当てしてもらったから、大丈夫だったよ。」
まさか彼との交わりを想像していたなんて絶対に言えない。
今日はちょっと大人っぽい下着をつけてきた。
足首はやはり捻挫という診断だった。
彼は昨日からすごく責任を感じている。
「怪我させてしまって申し訳ないからランチおごるよ。」
「え?いいんですか?」
全治2週間の捻挫と引き換えに得たご褒美。
彼は景色のいいレストランに連れて行ってくれた。
とても慣れたエスコートに少し嫉妬する。
彼との時間は全然退屈しない。
ずっと話題を提供してくれて、笑わせてくれる。
こんなに幸せな時間があっていいのだろうか。
食事のあとはドライブ。
これはもうデートだ。
ドライブミュージックはどの曲もノリがよく、なのに会話を邪魔しない。
天気も私の味方をしてくれている。
車の窓を開けると心地いい風が吹き抜ける。
現在地情報からおすすめされた海が見える展望台に行くことになった。
展望台までは階段を登らないといけない。
「大丈夫。大丈夫。ゆっくり行けばいいし、無理そうならおんぶしてあげるよ。」
彼は笑う。
彼はサッと手を差し出してくれた。
私も自然に彼の手を握り返す。
捻挫した足で登る展望台までの階段も、彼と手を繋いで登れるなら何段だって登れる気がする。
展望台からの景色は覚えていない。
彼と並んで景色を見るなんて、この上ない幸せで景色どころではなかった。
彼は私を退屈させまいといろいろな話題を提供してくれる。
そのどれもが興味深く、彼の知識の広さに感心してしまう。
彼は退屈してないだろうか・・・。
そんなことが頭をよぎったとき、ふと彼が尋ねてきた。
「退屈してない?」
「全然!すごくたくさんのことを知っていて、話聞いててとても面白いよ。ただ・・・」
「ただ?」
「ただ、私が退屈させてしまってるんじゃないか?って思って。」
「えええ?何でよ?めちゃくちゃ楽しいんだけど!」
そう言って大きな声で笑う彼。
彼がこんなに大笑いしているときは、バンド仲間と音楽談義しているときだ。
私の存在は彼の音楽談義と同じくらい楽しいものなのかもしれない。
そう思うととてつもなくうれしかった。
「何?ニヤニヤして?」
そう言って私の顔を覗き込む彼。
彼との距離が急に近くなり、思わず顔を反けてしまった。
「かわいい。」
そう言ってポンポンと私の頭に手を置く彼。
「髪、さらさらだね。」
彼はどこまでも自然体だ。
彼女でもない私の隣で屈託なく笑い、顔を近づけ、かわいいと言う。
頭をなでて、髪がさらさらだと褒める。
・・・ズルい。
私は昨晩の彼との妄想を思い出してしまった。
私の中がまた疼く。
彼が隣にいるのに。
周りにたくさんの人がいるのに。
彼と出会ってから、私は淫らだ。
・・・ズン・・・ズン・・・
私の奥から湧き上がる鈍い疼き。
ダメ。こんなところで。彼の前なのに。
疼きを抑えようとすればするほど湧き上がる。
昨夜の妄想が蘇る。
私の身体を這う彼の大きな手。
溝を伝う彼の指。
疼きが止まらない。
思わず吐息が漏れた。
「どうしたの?大丈夫?顔が赤いけど・・・」
彼がおでこに触れる。
その瞬間、ズンという疼きがまたやってきた。
「体調悪そうだね。あちこち連れ回してごめんね。帰ろっか?」
そう言って彼はまた手を差し出してくれる。
体調が悪いわけじゃない。
もっと一緒にいたい。
なんならもっと深く触れ合いたい。
彼と展望台を後にする。
私のバカ。
こんな大事なときに彼との妄想で顔を赤くして、体調不良と勘違いされるなんて。
でもあなたとの交わりを想像していました、なんて言えるわけない。
今日は大人しく帰ろう。
彼はずっと私の体調を気遣ってくれる。
本当に優しい人だ。
もっと一緒にいたいのに、もう家についてしまった。
いつもは渋滞している国道。
こんな日に何で渋滞してないのよ、ったく。
「ほんとに一人で大丈夫?無理させちゃってごめんね。」
彼は私の妄想なんて知りもせず、ひたすら謝っている。
こちらこそ、淫らでごめんなさい。
「本当に今日はありがとうございました。すごい楽しかったです。途中ですみません。」
「いやいや、こっちこそ楽しかったよ。お大事にね。」
彼の車から降りて、そそくさとマンションに入る。
これ以上一緒にいるとまた私の中が疼いてきそうで、彼の顔を見れない。
心配して覗き込む彼の顔が思い出される。
サラサラだと髪の毛を褒められた。
高校生のときに見ていたあの光景。
まさか自分の身に起こるなんて。
そんなことをボーッと考えていたら、ふいに手を掴まれた。
彼だ。
「心配だから部屋まで送ってくよ。」
「え?」
「ちゃんと薬飲んでベッドに入って寝たのを確認したら帰るから。」
ベッド・・・?
彼が部屋に来る?
「いや・・・大丈夫ですし、部屋汚いし・・・」
「体調悪いなら部屋の片付けもできないでしょ?」
そう言ってサッと私の腕を取り、エレベーターに乗りこむ彼。
私は言われるがまま、されるがまま。
一体、何が起きてるのだろう?
「どうぞ。」
「なーんだ。部屋キレイじゃん。どんだけ汚いのかと思ったよ。」
そう言って彼はまた笑う。
最近、彼の笑い顔をよく見る。
「薬はある?」
「そこに・・・」
「OK。水持ってくから、ベッドに横になってて。」
ベッドに・・・。
ダメだ、ダメだ、ダメだ。
変な想像ばかりしてしまう。
また私の奥が疼き出す。
「また顔が赤くなってきたね。熱が上がるかも。」
「いや・・・その、これは、その・・・」
「体調悪いのに、ほんとごめんね。」
彼は私をベッドに寝かせる。
布団を優しくかけてくれる。
・・・近い。
寝そべった状態で彼を初めて見上げた。
ふと彼と目があう。
息ができない。
一体、何秒くらい見つめ合ってたんだろう。
ほんの一瞬かもしれないし、すごく長かったかもしれない。
「顔が赤いよ・・・」
そう言って私の頬を彼の大きな手が包み込む。
彼の親指が、そっと私の唇をなぞる。
そっと、触れるか触れないかくらいの距離で。
「顔が赤いのは・・・体調が悪いからじゃないんです・・・」
やっとの思いで言葉を発する。
彼の目を見つめたまま。
「好きです、ずっと。」
「それで顔が赤かったの?」
「・・・はい。」
もう顔から火が出そうだ。
こんな顔、こんな近くで彼に見られてると思うと、ますます赤くなるのがわかる。
その瞬間、彼がパッと起き上がった。
嫌われた、瞬間的にそう思った。
次に彼からでた言葉は、
「ヤバい。かわいすぎる・・・。俺も好き。めっちゃ好き。」
え?今何て?
驚いて声もでない私に向かい、もう一度しっかりと目を見て彼は言った。
「俺も好きです。両思いってわかってたらもっと早く告ればよかった。」
彼は心底ほっとした表情で笑っている。
「ほんとに?私のこと?」
「うん。大好き。だからケガさせたときマジでしんどかった。」
彼が私を心配してくれていたのは、単なる優しさだけじゃない。
私なんかを好きでいてくれたからなんだ。
思わず涙がこぼれた。
突然泣き出した私にあたふたする彼。
「ごめん。何か泣かしてごめん。」
「嬉しすぎて。泣いてごめんなさい。」
嬉しいのと、恥ずかしいのと、びっくりしたのと、
いろんな感情が入り乱れている。
彼の大きな手が再び私の頬を包み込む。
頬を伝う涙を優しく拭ってくれる。
彼と目が合った。
とても優しい目をしている。
こんなにキレイな透き通った目をした人がいるんだ。
彼の顔がさらに近づいてきたかと思ったら、彼の唇が触れた。
ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・
心臓の音が急に大きくなる。
彼に聞こえているかもしれない。
そんなことを思いながらも、そっと目を閉じて彼を受け入れる。
今のこの瞬間が永遠に続きますように。
彼の大きな手が私を抱きしめる。
(つづく)