text on the screen #1
受容のアメリカン・ドリーム―Marie Tomanova / Young American
バスタブで抱き合うカップル、
細身のドラァグ・クイーン、
すきっ歯でオールバックの女の子、
痣のある男の子……。
一人ずつ、若者たちの顔々がこちらをじっと見つめる。
街行く人に「ちょっと撮らせて」とシャッターを切った、
まさに1枚目というような素朴さが漂い、ゆえにシーンはバラバラ。
いずれもフラッシュが焚かれ、彼らの瞳はかすかに光っている。
『Young American』は、チェコ共和国出身の写真家マリー・トマノヴァ(Marie Tomanova)が、人物図鑑のようにニューヨークの若者たちを撮影したポートレート集。写真はすべて顔にクローズアップされていて、ページをめくるたび、彼らとこちらの視線が交わる。
顔を撮るというシンプルなスタイルに何か新しさがあるわけではない。あるとすれば、トマノヴァが誰を選び撮るのか、その一点だ。写真に収められた人は、何かを訴えかけるような眼差しではなく、チルな雰囲気の中穏やかな眼差しをカメラに向けているように見える。これは、これまでニューヨークで写真家たちが捉えてきた若者たちとはちょっと様子が違う。
ニューヨークのスナップといえば、ナン・ゴールディン、ダッシュ・スノウ、ライアン・マンギンレーあたりが思い浮かぶ。しかし、彼女の写真に写る若者たちには、過剰なセクシャルさはないし、暴力による流血もない。エイズもなければ、ドラッグのオーバードーズもなく、そこに「バラード」はないのだ。あるいは、夢みたいな桃源郷もない。
もちろん時代は移り変わっていく。現代のアメリカにあるのは、銃や女性、そして、移民に関する問題であり、多様なバックグラウンドを抱える人々の存在を脅かす排外主義の台頭だ。東欧の国・チェコからやってきた彼女は、そんな状況に直面するうちの一人でもある。にも関わらず、写真の若者たちからは、不安定さやシリアスさよりもむしろ、ここにいることが自然であるかのようにリラックスした様子を見せている。
これは彼女から見たアメリカの姿だ。彼女にとって若者たちの姿とはこういう風に見えているとストレートに伝えている。いや、こうあってほしいという彼女の願望でもあるかもしれない。祖国から離れた土地で撮影を続けること、そして、現代のアメリカの政治状況に自身が置かれていること。不安定な状況の中、彼女が夢見たのは、写真の若者たちのようにただそこにいるということから生まれる強さなのではないだろうか。
このシリーズで印象的なのは、こちらをじっと見つめる瞳だ。そして、見つめることとは、相手の存在を認めるということでもある。視線の先には、カメラの向こうの存在、つまり、トマノヴァ自身がいる。つまり若者たちが投げかける眼差しとは、彼女の存在を受け入れる受容の眼差しでもあるのだ。この写真集そのものが、彼女の夢見たアメリカであり、そして、そんなアメリカに肯定されるまでの過程の記録にもなっている。
だからこそ、この写真集に流れるある種のバイヴスは、穏やかで揺るぎない感覚をもたらす。これは、2010年代に生きる若者たちが、困難な政治状況で獲得したポジティブなパワーのひとつなのかもしれない。そう、時代は移り変わっていくのだ。
当たり前だけれども、トマノヴァ自身の顔は写真集には出てこない。「Sex And The City」を見てチェコからノース・カロライナへと渡り、ニューヨークへとやってきたという彼女は、今、どんな表情をしているのだろうか。
(文・酒井瑛作)
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酒井瑛作
ライター/エディター
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