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「御手の中で」〜とある老司祭の生涯‥10

今日子と司祭は乾いた沼地を(矛盾しているようだが、沼地の中にあって、二人の歩く道筋は乾いていたのだ)ゆっくりと歩いていった。途中、人々の亡骸に出会ったときには、その一人一人の額に(顔が分からない場合は、体のどこかに)司祭が十字を切り、主のもとで、安らかに憩わんことを、と祈りながら、今日子も横で手を合わせた。

どれほどの距離を歩いただろうか。両手で椅子の脚を握り、顔を椅子にもたせかけるようにしている若者を見つけたのは、今日子だった。きれいな顔をして亡くなっている。そう思った瞬間、若者の眉が微妙に動いた。

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