銃口の先に
国境なき医師団日本事務局長である村田さんは、同じ編集者さんで本を出している著者仲間だ。
彼の本である「世界一過酷な場所で見つけた 命の次に大事なこと」を、ちょうど一年前、日本からドバイに来る飛行機の中で読んだ。
紛争、難民支援の最前線。
日本にいてはわからない、村田さん自身の体験が詰まっている。
村田さんに相談して、来月から始めるジュエリー事業の売上の一部は国境なき医師団に寄付すると決めた。
今、わたしの娘はインターナショナルスクールに通っている。
世界中100カ国以上の子どもが集まる学校には、争っている国同士の子どもだって当然いる。
娘が一番仲良しなのはウクライナ人。
次に仲良しなのがロシア人。
中学生の女子なんてのは、世界中どこに行っても一番面倒で大変な年齢だとわたしは思っていた。でも、彼女たちは違った。
娘は入学した当初、まったくと言っていいほど英語が話せなかった。
それでもクラスメイトは次々に話しかけ世話をしてくれた。
グループを作るときも娘が一人きりにならないように、いつも誰かが声をかけてくれた。
仲間はずれも、意地悪もない。わからないことを馬鹿にしない。
彼女たちは、そしてクラスの男子たちも、それぞれを助けることを当たり前のようにして学校生活を送っている。
ロシアがウクライナにミサイル攻撃をしたとき、ウクライナ人の彼女がそのニュースについて娘に話したという。
隣の席のロシア人は、授業中にスマホでプーチンの演説を聞いていたという。
わたしはもうすっかり大人なので、その様子を想像して頭がクラクラするのだけれど、娘たちにはそれが日常なのだ。
来週、みんなで学校からキャンプに行く。
先生から、一緒のグループになりたい人がいたら名前を書くようにと言われた彼女たちは、ウクライナ人、ロシア人、イギリス人、ブラジル人、日本人の名前をリストに書いた。
ミサイルもプーチンも彼女たちの仲を壊さない。
みんなで一緒にキャンプに行くのだ。
わたしたち人間は、いまだに紛争を止める手段を持たない。
愚かなことだと思う。
彼女たちを見ているとますますそう思う。
紛争をなくすためには、仲良くなるしかない。
喧嘩は思慮不足でしかない。
彼女たちが大人になったとき、友達の国を攻撃しようなんて思わないはずだ。
一緒にキャンプに行った友達の国に、ミサイルは撃ち込まない。
わたしが今ここに暮らしている理由の一つは、外貨を稼ぐことだ。
国益を上げなければ国は終わる。
一個人ができることは小さいが、小さいものが集まって全体を大きくしたらいいと思っている。
わたしはわたしができることをしたらいい。
そう思って小さな種を腐らせないように、毎日水を与え続けている。
わたしがビジネスをする理由は、人に出会うためだ。
もっと格好をつけて言えば、今回の人生で出会うと決めてきた人たちに出会うため、本気でそう思っている。
ここに来てまだ一年だけれど、心が通ったと思える人は何人もいる。
アメリカ人、イギリス人、インド人、パキスタン人、イスラエル人、ロシア人。
彼ら彼女らはビジネスの相手であると同時に、出会いたかった人たちだ。
そう思って一緒にビジネスを大きくしようとしている。
きっとわたしたちはお互いに銃口を向けない。
ビジネスはお金儲けだけじゃない。
わたしたちはもっと仲良くなれる。
大人になってからでもなれる。
そう信じて、今日も書類の山に向かう。
須王フローラ
(追記)
【国境なき医師団への寄付について】
ジュエリーブランド「Paradis」を始めるにあたり、最初に決めたことは売上の寄付先でした。
先の文章の中で「人と出会うためにビジネスをしている」と書きましたが、村田さんもその一人だと思っています。
また、ドバイに来てから仕事を通じて知りあった女性がガザ出身であること、娘の友人の多くがウクライナ人、ロシア人であることから、わたしの平和に対する意識は大きく変化しました。
わたしは日本人として生まれ日本に育ちました。
様々な出来事がありました。人の死、虐待、見たくないものを見ることの多い人生でした。もうこれ以上は生きていられないかもしれないと何度思ったかわかりません。
しかし、どんなに厳しい出来事が起きても、そのすべては耐えられるものでした。自分で乗り越えられるものでした。辛かった、それはその通りです。でも、耐えられたし乗り越えられたのです。だから、今こうして生きています。
紛争地域で起きている出来事はそうではありません。
命が脅かされ、どこにも逃げ場がありません。選択肢がないのです。
わたしは日本人です。日本の幸福が大切です。
しかし、今ここに暮らして思うのは、どこかの国だけが幸せなんて状況はありえないということです。幸せは全体でしか成しえない、みんな仲良く、心からそう思うのです。
世界が誰にとっても優しい場所でありますように。
みんな仲良くできますように。
その一助となることを祈り、日本の法人からはグッドネイバーズジャパンに、ドバイの法人からは国境なき医師団に売上の一部を寄付をさせていただきます。
ご理解のほど、何卒よろしくお願いいたします。
2025年1月 Paradis代表 須王フローラ