Atsushi Izumi『Schismogenesis』
ここ最近、様々なジャンルで良質なインダストリアルの質感を持った作品が立て続けにリリースされている。無機質で機械的なサウンドやビートを駆使するといった表面的なものではなく、アブストラクトな電子音や低音を用いて空間を演出するものが目立ち、それらは70年代~80年頭に展開されていたオリジナル・インダストリアルの可能性を受け継いだものと思える。
映画『ミッドサマー』やゲーム『リターナル』のサウンドトラックを手掛けるなど活動領域を大きく広げていたThe Haxan Cloakはシングル『N/Y』をリリースし、その圧倒的な音の表現力に感服させられた。ネオクラシカル~ノイズ~ダンスミュージックを繋ぎ合わせるEmptysetのEP『ash』や、DUBやドローンの要素をテクノに落とし込むJK Fleshの『PI11』にはインダストリアル・ミュージックの進化系といえるものがあった。去年は他にもShapednoise『Absurd Matter』、Ancient Methods『The Third Siren』、The Bug『Machine』シリーズ、Prurient/Genocide Organ『Carte Blanche』、Gorgonn『Six Paths』、Orphx『The Way Through All Things』、Sightless Pit『Lockstep Bloodwar』、GRUUEL『GRUUEL』といった作品に同類のものが感じられる。
今年に入ってからもこの勢いは加速しているようであり、Slave To Society『Ai Invasion』、Meat Beat Manifesto & Merzbow『Extinct』、JK Flesh『Veneer Of Tolerance Remixes』、Swarm Intelligence 『The Shattered Self』、The Body & Dis Fig『Orchards Of A Futile Heaven』、British Murder Boys『Active Agents And House Boys』という素晴らしい作品が立て続けにリリースされている。
芸術的なサウンドデザインのスキルを活かしたアトモスフィアリックなものから攻撃的で瞬発的なインダストリアルの外側に特化したマッシブなものなど、興味深い作品が多数リリースされており、インダストリアル・ミュージックが新たなフェーズに突入しているのかもしれない。ダブステップ/ベースミュージックを拠点として2010年代に爆発的に増幅していったエクスペリメンタル~ポスト・インダストリアルの荒波を経て、インダストリアル・ミュージックはあるべき場所に戻ってきたような印象を受ける。
そんな中でも、特に印象に残った作品として日本の電子音楽家Atsushi IzumiがOhm Resistanceからリリースしたアルバム『Schismogenesis』はオススメしたい。今作はインダストリアル・ミュージックの核となる部分を薄めずにメタル~ドラムンベースの要素と結合させられた傑作だ。
2022年にOpal Tapesから発表されたアルバム『Houzan Archives』はインダストリアルにテクノ~ブロークン・ビーツのエッセンスが交えられ、ダンスフロアとの接続部が多かったが、今作では外部との接続を最小にして自身の世界観をより深く映し出しているようである。
Atsushi IzumiはAnode名義にてドラムンベースをクリエイトしていた過去があるのだが、そのキャリアを今作にも部分的に活かしている。
ドラムンベースのキャリアがあるプロデューサーがエクスペリメンタル~テクノ~インダストリアルな作風へと流れていくことは珍しくなく、Simon Shreeve(Mønic/Kryptic Minds)、RaidenことChristopher Jarman(Kamikaze Space Programme)、ENAといったアーティストが代表的なところだろうか。
他のジャンルよりも多くの意味と必要性が求められるベースラインと低域のアプローチ、シンプルかつインパクトを残さねばならないビート、それらを170~175をメインとしたBPM帯の中で組み立てるというテンプレートがあるドラムンベースだが、このジャンルで最も重要なのが実験精神と探求心であると思う。決められたルール(テンプレート)の中で新しい何かを生み出す挑戦をしているプロデューサーのクリエイティビティは凄まじいものがあり、ルールから外れたときにその本領を発揮する人がいる。上記と上げたアーティスト達とAtsushi Izumiがまさにそうだと思う。
2018年にSubtraktからリリースされたAtsushi Izumiとしてのデビュー作『Snow』、Thrènesからの『Verdigris』、そして『Schismogenesis』にはドラムンベース時代に得られたビートとベースの立体的な組み立て方や鳴らされ方が上手く活かされ、メタルのバックグラウンドも重工なサウンドデザインの厚みから感じられる。
『Schismogenesis』はインダストリアル・ミュージックの左派的なアルバムであると個人的には捉えている。ポスト・メタルやドローン・メタルにも共鳴できる作品であり、去年リリースされたDom & Crystlのハード・ドラムンベースともシンクロするシリアスな攻撃性がある。『Schismogenesis』は、2024年を象徴するアルバムとなるだろう。ストリーミング・サービスでも聴けるので是非チェックしてみて欲しい。