Gore Techの10年 / Warstepの進化
去年11月にイギリスのGore Techが自身主宰レーベルEXE ProjectからEP『Nemesystem』を発表した。
Gore Techは2010年代のブレイクコア・シーンで最も印象的な作品を残し、StazmaやRuby My Dearと共に停滞気味であったブレイクコアを活性化させたアーティストである。サイバーパンクな世界観とサウンドデザイン、イギリスらしいパンクのメンタリティを落とし込んだ革新的な作品をPeace Off、Ad Noiseam、PRSPCTなどのレーベルから発表し、ブレイクコアをアップデートさせていた。
近年はドラムンベースとインダストリアル・ミュージックを主体とした重工な曲を生み出し、初期のブレイクコア・スタイルからは離れているが、根っこの部分は何も変わらずに自身の音楽を形にし続けている。
ここ数年はMachine™としてデザイナーとしても活躍。様々なジャンルのアーティスト達のアートワークを手掛けており、Murder ChannelからリリースしたNumb'n'dub『Old Skool Tycoon Killah』とV.A.『Twisted Steppers』も彼の仕事である。
今作『Nemesystem』はGore Techの活動10周年を記念して発表されており、彼がこの10年で得た経験が存分に反映された集大成と言える作品。Gore Techが追求していたメカニカルでドゥーミーなベース・ミュージックとインダストリアル・ミュージックの融合が完成している。ブレイクコアのエッセンスが所々に活かされているのが、彼が何処からやってきたのか証明しており、ブレイクコアが音楽ジャンルではないことを改めて気づかせてくれる。
『Nemesystem』は個人的な2022年のベストの一つであり、時代やトレンドとは関係なく残り続ける名作であると思っている。今作にはGore Techの過去と未来が交差しており、このタイミングで彼の歩んできた道を振り返るのは良いかもしれない。
Warstep~Deathstep
『Nemesystem』には、Gore Techが活動初期にクリエイトしていたWastepの面影が感じられる。Warstepとは、ダブステップから派生したDeathstepをもっと過激に過剰にさせたGore Techとその周辺が一時期だけ提唱していたスタイル。2012年にPeace Offのダブステップ専門レーベルRuffから発表されたGore Tech & Llamatronの12"レコード『Warhound EP』は彼等が提唱していたWarstepを具現化した凄まじく狂暴な曲が収録されており、Warstepという言葉以外では説明できない作品となっている。
Deathstepだけではなく、そこにスカルステップとメタルの素材やグルーブを付け足し、ブレイクコアの要素までをミックスさせたGore TechのWarstepは当時かなりの衝撃を与えてくれた。今ではこういった過剰で山盛りなスタイルは余り見なくなったので、聴き返すと新たな発見がある。
Gore Techの活動を振り返るとLlamatronの存在はとても重要で見逃せない。フランスで活動していたLlamatronは、Ruffから『Ave Llama』『Bass Cartel』というEPを残しているヘヴィーウェイトなダブステップをクリエイトしていたアーティスト。Llamatronの特徴的なベース・サウンドはWarstepそのものであり、今聴いても衝撃度が高い。Gore Techの名前を一気に広めた代表曲である「Heretic」の制作にもLlamatronは関わっており、アシスタントとして名前がクレジットされている。
Gore TechとLlamatronのコラボレーションは『Warhound EP』以外には、「Cult Of Wolves」という曲を残している。彼等が作り出したWarstepはブレイクコア・ファンから支持されたが、残念ながら形となったのはこれらの作品だけである。
Deathstepといえば、クロスブリード・シーンでも人気のBratkillaが知られているが、Gore TechとBratkillaはお互いの曲をリミックスしている。2013年に発表されたBratkillaのアルバム『The Killer Gene』に提供していた「The Killer Gene (Gore Tech Remix)」は、後に確立していくGore Tech印のドゥーム・ダブステップのプロトタイプであった。この時期を経過していなければ、『Nemesystem』のドゥーミーなベース・サウンドは生まれていなかったのかもしれない。
最近はThread Weaponryというユニットを始動させ、よりシンプルにストレートにベース・ミュージックをクリエイトしているが、Gore Techのベース・ミュージックの原点はこの辺りにあると思う。
Gore TechのWarstepは形を変えて変化していき、2015年にAd Noiseamから発表された『Futurphobia EP』では、インダストリアルな質感を倍増させた現在に通じるベース・ミュージックを披露。『Futurphobia EP』のミックスをBen Lukas Boysen(HECQ)が担当しているのもり、インダストリアルとベース・ミュージックが違和感無く合体している傑作だ。
2015年前後にはUntold『Doff』、Emptyset『Signal』、The Body『I Shall Die Here』、Rabit『Communion』、Shapednoise『Different Selves』、JK Flesh『Nothing Is Free』、Perc『The Power And The Glory』など、エクスペリメンタル~テクノ界隈でインダストリアル・ミュージックを独自解釈したものや、レフトフィールドなダンスミュージックがダンスフロアを狂わせていた。
Gore Techはドラムンベースのフォーマットに可能性を見出しながらも、自身が持っていた本質的なインダストリアル・サウンドを倍増させていき、ドゥーム・メタルにも深く入り込んでいく。Author & Punisherの再構築作品『Flesh Ants / Terrorbird - Remix EP』で開拓したドラムンベース+インダストリアル・ドゥームのミックスはまだ若干粗削りながらも非常に独創性があって素晴らしい。
ポスト・メタル~ドゥーム・メタル
2016年にEXE Projectを設立させ、第一弾作としてGore Techのシングル『Proximity Shift』とPRSPCTからEnd.Userとのコラボレーション作『Atlantic Warfare EP』を発表。自身のドラムンベース・スタイルを確立しながらも、一方でポスト・メタルやドゥーム・メタルにより強く引き込まれていた。少し後に、Gainというサイケデリック・ロック・バンドを始動させ、ベースとシンセを担当し、デモ音源を発表する。
EXE Projectはポッドキャストとイギリスでのイベントをオーガナイズして、ドラムンベースを中心にインダストリアル・テクノやエクスペリメンタルなベース・ミュージックを扱い幅広く活動。レーベルとしてはLucio De Rimanez、Crawler、Aaron SpectreがEXE ProjectからEPを発表。ペースは速くないが毎回クオリティの高い良作を出している。
2019年にOhm Resistanceから発表したアルバム『Geist Fibre』では、Gore Techが押し進めていたドラムンベースを軸としたインダストリアル~ブレイクコア~ドゥームのミクスチャーの完成形を提示。以降、Hack Sabbath名義でBlack Sabbathのブートレグ・リミックス集『Paranoise EP』を発表し、Northern Lord名義ではサイケデリック・ロックとドゥーム・メタルをベース・ミュージック的に解釈したトリッピーなシングルを発表。Gore Techとしても、ドローン・メタルとエレクトロニック・ミュージックを融合させたような『Pulse Tundra』という発表し、ポスト・メタル~ドゥーム・メタルに共鳴した作品を生み出していく。
そして、2022年に『Nemesystem』でGore Techが辿って来た歩みを総括し、新たなステージへと向かおうとしている。
Gore Techはドゥーム・メタルやサイケデリック・ロックの重苦しくも心地いい酩酊感をドラムンベースやダブステップ~ハーフステップの低音美学と組み合わせた独自のグルーブとサウンドを開発した。自身がバンドマンとして活動しているのもあって、そのコアなグルーブや魅力をダンスミュージックに落とし込むことに成功している。普段、ドラムンベースやエレクトロニック・ミュージックを聴かないメタル系のリスナーでも、Gore Techの音楽は楽しめるのではないだろうか。
『Nemesystem』はダンスミュージック/エレクトロニック・ミュージックとポスト・メタル、インダストリアル・ミュージックを結ぶ貴重な作品だ。今作が、これからさらに広く大きな層に響き渡るのを願う。
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