『Rock'n Roll Standard Club』B'z 松本孝弘のルーツがわかるカヴァーアルバム
忘れていた。
ホントに書きたいものを書けばいい。
そう考えたら、楽になる。
多分、自分が生きてきた中で最も聴いたアルバムというと、これになると思う。
ROCK′N ROLL STANDARD CLUB BAND
『Rock'n Roll Standard Club』
1996年、前年に『LOOSE』をリリースしたB'zの松本孝弘が、気心の知れた音楽仲間とともに作り上げた、ロックのカヴァーアルバム。
B'zの20thシングル「Real Thing Shakes」と同日のリリースとなった。
「Real Thing Shakes」はシンプルなリフを基調とし、B'zのシングル曲の中で唯一の全英詞という異色の存在で、2ndBeatなし、一曲のみで500円という販売価格も話題になった。
この頃、B'zのハードロック志向は頂点に達しようとしていた。
掘る。
そういうB'zファンがいる。
B'zを聴き、DEEP PURPLE、Led Zeppelin、AEROSMITH、VAN HALEN、BON JOVI、MOTLEY CRUE、GUN'S&ROSESにたどり着く。
洋楽のパクリだなんだと言われながらも、確かに松本と稲葉はそんなファン層を作り出した。
掘ることは、とても楽しい。
新譜はリリースを待たなければならないが、旧譜ならばいつでも手を伸ばせば触れることができる。
今ならYouTubeや配信サービスで検索するだろうし、私の世代はレンタルCDショップの棚を漁ったことだろう。
B'zの二人は青春期にそういったアーティストの楽曲に触れ、ミュージシャンを志した。
そしてその影響のもと、B'zは幾多のヒットソングを創り出してきた。
洋楽からの影響は彼らも、随時インタビュー、取材などでそれを公言している。
もちろん、どんなファンがいてもいい。
だけれど、B'zの本質、根っこの根っこにまで迫るならば、ハードロックのレジェンド達の音に触れることによって、二人の考える理想の「ロック」を理解することができるのだと思う。
日本を代表する二人のロックヴォーカリスト
このアルバム、凄いのはどれもオリジナルのクオリティと遜色ないか、物によってはそれを上回っていることだ。
このクオリティの高さに大いに貢献しているのが、二人のヴォーカリスト。
人見元基と生沢佑一だ。
人見元基は言わずと知れたVOWWOWのヴォーカリスト。ネイティブの話者と遜色ない英語能力とその圧倒的な歌唱力は、山本恭司のギターとともに文字通りバンドの顔であった。
VOWWOW脱退後はコマーシャルな場で歌うことを嫌い、高校の英語教師に転じた。
生沢佑一は一般的には知られていないが、ビーイングとは深い関わりがあるヴォーカリストで、B'z、ZARD、WANDSなどバックコーラスでの参加も多い。
彼自身の名義のものとしては2002年にリリースした遊☆戯☆王デュエルモンスターズ主題歌シングル「WARRIORS」が知られているが、彼のルーツ・本質はハードロックにある。
商業的な面では成功したとは言い難いが、生沢は英詞で歌うロックヴォーカリストとしては日本でトップだと思う。
一聴して貰えればわかるが、生沢は日本育ちとは思えないほど、英詞の曲を歌い上げる。
音域の広さだけではなく、声の渋さ、ブルージーさで勝負するヴォーカリストはかなり珍しい。
生沢は日本のハードロック界で稀有な存在である。
※ちなみにアレンジャー・ベーシストとして長くB'zを支えた明石昌夫は日本のトップヴォーカリストとしてB'zの稲葉浩志とともに人見元基、生沢佑一を挙げる。
自身に親しいところから選びすぎ、とも思うが、考えれば考えるほどこの3人の人選は妥当なのではないかと思えてくる。
松本孝弘のルーツが見える選曲
松本の選曲もシブい。
単純にロックのスタンダードナンバーを集めました、ということではなく、制作者のこだわりが感じられる選曲になっている。
ロック好きなら誰もが知っている有名曲ばかりかと言うと、実はそうでもない。
1. I GOT THE FIRE (MONTROSE)
オリジナルはMONTROSE『Paper Money』(1974)より。
モントローズはヴァン・ヘイレンのヴォーカリストとして知られるサミー・ヘイガーが在籍していたバンド。
燃え立つような激しいリフから始まる本曲は、ハードロック・アルバムの幕開けにふさわしい。
LOUDNESSのドラマー、故・樋口宗孝によるリクエストとのこと。
2. FOOL FOR YOUR LOVING (WHITE SNAKE)
デヴィッド・カヴァーデイル率いるホワイトスネイクのアルバム『フール・フォー・ユア・ラヴィング』(1980)から。その後『スリップ・オブ・ザ・タング』(1989)でセルフ・カヴァーされている。
本盤に収録されているのは後者、ホワイトスネイク全盛期のアメリカン・ロックサウンドに近いが、松本の奏でるソロはブルージーさを残す。
オリジナルの『フール・フォー・ユア・ラヴィング』版はミッキー・ムーディーのギターが魅力だが、ハードロックの迫力には欠ける。
一方で『スリップ・オブ・ザ・タング』版のスティーブ・ヴァイのギターソロはメタル色が強すぎるだけに、このRock'n Roll Standard Clubバージョンは最もバランスよく仕上がっている。
3.4.8.は何れもギター・インストゥルメンタルの名曲からセレクト。
3. CAUSE WE`VE ENDED AS LOVERS (JEFF BECK)
「哀しみの恋人達」の邦題でよく知られている。
ジェフ・ベックの代表盤『ブロウ・バイ・ブロウ』(1975)に収録されており、メロウな曲調の中に彼のもつギターテクニックが凝縮されている。
「三大ギタリスト」と言われたジェフ・ベックの影響は松本にとっても例外ではなく、B'z LIVE-GYM '96 “Spirit LOOSE”、LIVE-GYM '06 “MONSTER'S GARAGE”ツアーで本曲を、LIVE-GYM '99 “Brotherhood”ではベックの「FREEWAY JAM」をカヴァーしている。
ちなみに3. 8. のインストゥルメンタル曲でドラムを担当しているのは青山純。「裸足の女神」「love me, I love you」など多くのB'zの楽曲に参加した。
青山純は2013年に逝去したが、息子の青山英樹も同じくドラマーとなり、現在B'z LIVE-GYM Pleasure 2023 -STARSでサポートを務めている。
4. INTO THE ARENA (MICHAEL SCHENKER GROUP)
INTO THE ARENAは、若き日の松本がマイケル・シェンカーのギタープレイに衝撃を受け、雨戸を閉め切った部屋で日夜コピーに明け暮れていたというエピソードで有名だ。
シャッフル・ビートのリフから切り裂くようにペンタトニックのソロが炸裂し、キーボード・ソロを挟んで最後は泣きのチョーキング・フレーズがクライマックスへと盛り上げる。
起承転結が見事に展開された、ギター・キッズならば一度はコピーしてみてほしい名曲。
「GO FURTHER」、「SACRED FIELD」 などギター・インストの名曲を生み出すことになる松本孝弘の原点がマイケル・シェンカーにあったことが、このトラックから伺い知れる。
5. ROCK AND ROLL, HOOCHIE KOOはリック・デリンジャーのカヴァー。
「100万ドルのギタリスト」ジョニー・ウインターの相棒として知られたデリンジャーによる曲は、現在ではロックンロールの定番となっている。
バックコーラスを務めているのは大黒摩季。
一聴して彼女とわかる大黒摩季の個性的な歌声に注目だ。
6. MOVE OVER (JANIS JOPLIN)
オリジナルはジャニス・ジョプリン『Pearl』(1971)より。
「ジャニスの祈り」の邦題でも知られている。
この曲はシンガーの人見元基からのリクエストで収録されたという。
「MOVE OVER」は人見元基がライブで頻繁に取り上げる得意曲で、彼自身によって手が加えられている箇所もあり、英語教師に転身した人見の英詞へのこだわりが感じられる。
「MOVE OVER」には国内外とわず無数のカヴァーがあるが、私の知る限りではこのバージョンが最高峰である。
7. LIFE FOR THE TAKING (EDDY MONEY)
オリジナルは1978年の同題のアルバムから。
このエディ・マネーの楽曲はおそらく収録曲の中で最も知名度のないものだろう。ただ、それだけに選曲には松本のこだわりが感じられ、生沢祐一の歌唱も気合が入りまくっている。
もし一曲だけこのアルバムから選べ、と言われたら私はこの曲を挙げる。
8.SUNSET (GARY MOORE)
元シン・リジィ、「パリの散歩道」でも知られるギタリスト、ゲイリー・ムーアによるインスト曲。
ゲイリー・ムーアは松本孝弘と同じくレスポール・ギターの使い手だが、本アルバムで松本は、よりサスティンの効いた長く伸びる彼独自のサウンドを聴かせている。
オリジナルの音源と聴き比べると、同じレスポールを使用しているとは思えないほど、個性が出ている。
それにしても、もしこの曲を知らない誰かに、タイトルも何も伝えずに聴かせても、絶対に夕暮れをイメージするんじゃないか。
それくらい喚起力のある名曲。
9. WISHING WELL (FREE)
フリーは、ブルース・ロックを歌わせたら右に出る者はいない唯一無二のロックヴォーカリスト、ポール・ロジャース率いるバンド。
「ウィッシングウェル」はフリーを代表する名曲で、2005年ポール・ロジャースが QUEEN+Paul Rodgers として来日した際にも披露されている。
本盤でのアレンジは、樋口宗孝の図太いドラミングから始まり、より激しいロックサウンドに仕上がっている。
10. COMMUNICATION BREAKDOWN (LED ZEPPELIN)
もう一曲の人見元基参加曲はレッド・ツェッペリン初期のスタンダードナンバーから。
コルクの抜栓音に続き、極限にまでシンプルなリフで曲は幕を開ける。
ステージに上がったライブの最中でも始終ワインやビールを呷りながら強烈なシャウトを聴かせるという人見の姿が目に浮かぶようだ。
オリジナルにはない、増田隆宣のオルガンプレイも爽快で心地良い。
11. MISTREATED (DEEP PURPLE)
ディープ・パープル第四期。
イアン・ギランに代わりデヴィッド・カヴァーデイルが新たにヴォーカルをとった名盤『BURN』(1974)を締めくくるのが、この「ミストゥリーティッド」。
ややしわがれたブルージーさが魅力のカヴァーデイルの声質が存分に生かされたロック・バラード。
レインボーでロニー・ジェイムス・ディオが歌いつぎ、グラハム・ボネット加入のきっかけともなったロックバラードの名曲中の名曲。
LIVE−GYMの会場で
繰り返しになるけれども、本当に、出来るだけ多くの方々に、このアルバムを聴いてほしい。
ただ、カヴァーアルバムの特性上か、音楽配信サービスでは聴くことができない。
本稿で非公式のYouTube動画をいくつも貼ったのは、何よりCDのフォーマットでしか現状聴くことの出来ないこのアルバムに、少しでも興味を持って欲しいからだ。
LIVE−GYMの会場では、会場販売特典のポスター欲しさに、CDを買い求めるB'zファンも多いだろう。
しかしB'zファンであるがゆえ、だいたいのB'zのアルバム・シングルは揃えてしまっているので、何を買って3,000円に届かせたら良いか戸惑ってしまう。
そう、そこで、『Rock'n Roll Standard Club』の出番だ。
なんたって、現状CDでしか聴くことが出来ない。CDで買うべき価値がある、貴重なアルバムなのである。
B'zファンでも、稲葉さんの歌声しか受け付けません、という方。ちょっと我慢して聴いてみてください。
きっとアルバムを3周もすれば、B'zを生み出した松本孝弘のエッセンス(そしてそれは稲葉浩志も共有している)がわかり、あなたもハードロックの虜となっていることでしょう。
本年のPleasureツアーも残りわずかとなってしまったが、会場でこの『Rock'n Roll Standard Club』を見かけたら、ぜひ手にとってみてほしい。
◆B'zについての記事を書きました。こちらもどうぞ
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?