やたらとタバコを吸うマイケル・コルレオーネ 『ゴッドファーザー』名シーン解説④
※当記事は、喫煙を推奨するものではありません
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世間からタバコが排斥されるようになって久しいが、一昔前までの映画やドラマのワンシーンには、必ずと言っていいほどタバコが映っていた。
俳優が演技し、登場人物のキャラクター・感情を示す上で、タバコを吸う仕草、とくに人との会見ではタバコは不可欠な小道具だったといえる。
映画『ゴッドファーザー』シリーズにおいても、タバコを吸うシーンは数多く見受けられる。
重要なシーンにはタバコが絡む
『ゴッドファーザー』の主人公であるマイケル・コルレオーネには、実に数多くの喫煙シーンが存在する。
本作においてタバコは、単なる小道具にとどまらず、演出上重要な役割を果たしているのである。
病院―ヴィトーを警護するシーン
敵対する襲撃を受けて入院したヴィトー。
父を心配し病院を訪れたマイケルだが、到着してみるとそこにいるべきはずの護衛の者はおらず、院内はもぬけの殻になっている。
ヴィトーに危機が迫ってることを察知したマイケルは、偶然見舞いに来たパン屋の倅エンツォを従え、ヴィトーを狙う殺し屋たちを牽制し、撃退する。
こうして危機を脱したエンツォはタバコに火をつけようとするが、手が震えてライターをうまく扱えない。
エンツォは、一般の市井の人間である。マフィアと対峙して動揺するのも無理はない。それを見かねたマイケルは、ライターを受け取って火をつけてやる。
しかし、エンツォとは対照的に自分は動揺していない。
ここで、マイケルは生死を賭けた状況でもたじろがない自身の能力に気付く。
タバコに火を点ける、という行為がマイケルの持つファミリーのドンとしての資質への自覚につながる、重要なシーンである。
ファミリーのドンとしての威厳を示す喫煙シーン
マイケルにはPartⅠ・Ⅱを通じて多くの喫煙シーンがあるが、その所作の変遷からは、彼の青年時代からの脱却と、ファミリーのドンとしての威厳を備えていく成長とがうかがえる。
コルレオーネ兄弟の末弟として大事に育てられたマイケルは、太平洋戦争へ志願し戦地で活躍したものの、いわゆる「カタギ」の人間であり、まだ「大学坊や」の青臭さが抜けきっていない。
そのためマイケルにとって初めての決死行となるソロッツォ、マクラスキーとの会見直前に待機している際にタバコを吸う姿は、お世辞にも格好のよいものとはいえない。
だが、その後の彼の姿からは青年時代の青臭さは微塵も感じられなくなっていく。
長兄ソニーの死を受けてシチリアから帰還したマイケルはファミリーの仕事に関わるようになり、数年後ヴィトーからファミリーのドンの座を継承する。
ラスベガスの支配者であるモー・グリーンとの会見でのひりつくようなやり取りに、観客は驚く。
優雅に仕立てられたスーツを着るようになり、髪はポマードでガッチリと固められている。政敵との会見中にタバコをふかす姿も堂に入っている。
続編のPartⅡでは、さらに貫禄の増した姿のマイケルが、カジノ界を取り仕切るギアリー上院議員と対する。上辺では親密さをアピールする二人だが、外部から隠された執務室では、権力闘争が繰り広げられている。
自分のホームであるだけに、マイケルは椅子にゆったりと腰掛け、ギアリーの恫喝に微動だにしない。
ただし、マイケルが交渉中にタバコを吸うのは、自分を大きく見せて相手を圧倒しようとするときに限られている。ユダヤ系マフィアの巨魁ハイマン・ロスとの会見や、古くからのファミリーの重鎮であるフランク・ペンタンジェリを諭すときには、タバコは介在していない。
タバコを吸わない父ヴィトー
さて、これだけタバコを吸うシーンが数多くあるマイケルに対して、父ヴィトー・コルレオーネには、PartⅠのマーロン・ブランド、PartⅡのロバート・デ・ニーロともにタバコを吸うシーンはない。
(2024年1月21日追記…いや、あった。PartⅡのデ・ニーロには、葉巻を咥えているシーンがあった。ジェンコ商会を立ち上げたヴィトーの下に、アパートの大家ロベルトが訪ねてくるところ。しかし見たところ火がついていないのか、煙は見えない。したがって、表記はもとのままにしておいた)
その代わりに、ヴィトーの交渉事の際には飲み物が演出に使われている。
PartⅠでのソロッツォとの交渉では無色透明のスピリッツが、PartⅡでのドン・ファヌッチとの会見にはエスプレッソが介在する。
どちらも、ファミリーのルーツであるイタリアの文化をよく示している。
マイケル以外の喫煙シーン
さて、当然のことながら『ゴッドファーザー』にはマイケル・コルレオーネ以外の人物にも喫煙シーンが数多くある。
タバコから見るゴッドファーザーの女性像
意外なことにダイアン・キートン演じるケイ・アダムスにも喫煙シーンがある。
ケイ・アダムスはpartⅠの終盤、シチリアから帰還したマイケルの求婚を受け入れ、ケイ・アダムス・コルレオーネとなるが、冒頭の結婚式のシーンではマイケルのガールフレンドとして登場する。
その際、ラザニアを食すマイケルの向いに座ったケイは、慣れた様子でタバコをふかす。
おそらく、貞淑かつ家庭的であることが求められるイタリア系の女性とは対照的に、アングロサクソンをルーツとする開明的なアメリカ人であることを強調していると思われる。
女性の喫煙は、貞淑なイタリア人女性の像から逸脱することを示す。
それを証明するかのように、PartⅡにおいて乱れた生活を送るようになったコニーは、タバコを手にしている。
夫カルロを殺されたことへの反発から、コニーは「従順な妹」であることをやめてマイケルに反抗しようとしているわけだ。
典型的なギャング チチの喫煙シーン
さて、確認した限りでは、シリーズ中で複数回の喫煙シーンがある登場人物はマイケルを除けばジョー・スピネルの演じたウィリー・チチのみである。
チチは、PartⅠのクライマックスで五大ファミリーのボスの一人クネオをホテルの回転ドア内で殺害する直前に、PartⅡでは冒頭近くフレドと再会するフランク・ペンタンジェリの脇に控えてタバコを吸っている姿が確認できる。
戦後間もない頃のアメリカの成人男性の喫煙率は50%を超えている。
ということは、「ふつうの人間」はタバコを吸うのだ、と言い換えることもできる。
チチは組織の中で殺し屋・ボディーガードの役割を兼ねているが、ドンであるマイケルとは直接会うことを許されない、いわばギャングである。
彼が典型的なマフィアの下級構成員であることを示すには、タバコこそが必要な道具だったのであろう。
打ち棄てられた葉巻
最後に、タバコではないがもうひとつ重要な喫煙シーンを挙げよう。
PartⅡの最終盤、トム・ヘイゲンはFBIの保護下にあるフランク・ペンタンジェリを訪れ、かつてのコルレオーネ・ファミリーをローマ帝国に擬えて暗に自死をうながす。そこには、残された家族の安全は保証するという黙約があった。
ふたりの手には、高価そうな葉巻が握られている。
ビジネスライクな交渉でもあり、二人にとっては数十年来の関係で最後の邂逅ともなる場面だが、親しげに会話を交わすトムとフランクは、手にした葉巻を何度もふかす。
そしてフランクの快諾を受け取ると、トムは手にしていた葉巻をその場に投げ捨て、右手を差し出して握手を交わす。
打ち棄てられた葉巻の、なんともったいないことよ!
哀れな葉巻の姿が、首尾よく交渉を済ませたトムの満足を表している。
以上、今回は『ゴッドファーザー』シリーズの喫煙シーンに焦点を当てた。
わたし達は人と会う際に、カフェやレストランでともに食事をすることが多い。
それは会話を楽しむとともに、食事という行為とその所作がその人の人間性を大いに反映するためであるが、タバコを吸う行為も各個人のキャラクターを示す。
冒頭に書いたように喫煙シーンは昨今のメディアから駆逐されつつあるが、少なくとも『ゴッドファーザー』シリーズにおいては、劇中で大きな役割を果たしていたことを忘れないでほしい。
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