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「日本昔話再生機構」ものがたり 第1話 ヘルプデスクの多忙 8. 屁こき嫁

『第1話 ヘルプデスクの多忙 7. 勝負』からつづく

『小梅のままならない日々/1. とんだありさま、屁こき嫁』からつづく

 私は『鶴の恩返し』の泥沼から沙知を救い出しほっとしたが、それも束の間、新しい着信音が鳴り出した。それも、通常の交信ではなく救難信号だ。 私の全身の神経がさわさわとそよぎ出す。
 救難信号は昔話再生が完全に破綻し直ちにキャストや物資の支援を受けないと収拾がつかない場合に発信される。もっとも、最近はキャストの人手不足で応援要員は確保できていない。
 
 救難信号の発信者は『屁こき嫁』を再生中のM2108、愛称「小梅」だった。回線をつなぐと、モニター画面に小梅が見ているままの光景が映しだされた。洪水のあとのようなドロドロの地面のそこら中に柿の実が埋まっている。どうやら、特大の屁で柿の実を落とすときにトラブルがおこったようだ。

「小梅さん、ヘルプデスクのコーイチです。現在、応援キャストは派遣できません。支援物資は送れます。どんなものが必要ですか?」
 私は、小梅に状況説明は求めなかった。M2018という登録番号から、彼女が10年選手のクローン・キャストだとわかる。10年選手は誤って救難信号を発したりしない。本当に、にっちもさっちもいかないのだ。

「小判って、送れる?」
「いくら必要ですか? 1回の救難信号に対して送れる額は百両が上限です」
「ちょっと待って。今、交渉する」
 小梅の視点が切り替わり、商人姿の中年男性が映る。見るからに険悪な表情をしている。
「おじさん、反物のことは、本当にごめんなさい。あたし、五十両なら弁償できます」
小梅が神妙な日本語で言う。
「五十両だと?」
商人が小梅に向かって怒鳴る。
「わしが持ってきた反物は、どれも、一反が五十両以上する。高級品なんだ。お前がダメにした分の総額は千両だ」

「おじさん、あたしは迷惑かけたよ。だけど、だからって、あたしからボッタクろうたって、そぉはいかないからね。一反が五十両もする反物なんて、見たことも聞いたことも、ない。反物の値段なんて、高いもんでも、せいぜい五両だ」
「田舎女のくせして、知ったようなことを言うんじゃない。都のお金持ちのところへ持って行けば、一反が五十両でも売れるんだ」
「てことは、本当の値打ちは五十両もないってことだろ。どうせ、五両くらいで仕入れて、十倍の値をつけて売ってるんだ」
「私をあこぎな悪徳商人呼ばわりする気か? それが、私の商品を台無しにした女が言うことか!」
「ふん、この反物をあんたがいくらで売るか知らないけどねぇ、あたしは、仕入れ値の分しか、払う気はないからね」
「それじゃ足りない。うまく売れば五十両で売れるんだ。それがお前のせいで売れなくなった。五十両分の機会損失が発生したんだよ。機会損失分を払うのが損害賠償だ」
「あんたが懐を痛めたのは、仕入れ値の分だけだろ!」
小梅と商人は、双方ともにどんどんヒートアップしていた。

 これはまずいと私は思った。お宝鑑定団が仲裁に入るのでなければ、どこまで行っても水掛け論で平行線をたどるばかりだ。私が介入して百両で手を打たせるしかない。
 私は、自動倉庫に指令を送り、百両分の小判を発射デッキにある小型時空転移装置に運ばせた。そして、小型時空転移装置の到着時自爆モードをオンにして発進させた。

 モニター画面には小梅につばを飛ばして金額を吊り上げようとする商人の顔がアップで映り、スピーカーからは小梅と商人がやり合う大声が流れ続けていたが、五秒後、モニター画面が真っ白になり、スピーカーから轟音が響いた。小梅と商人の頭上で小型時空転移装置が自爆し、中に入っていた小判を宙にばらまいたのだ。
 いったん真っ白になった画面が正常に戻り、商人の頭に小判がバラバラと落ちてくる様子を映し出した。私は非常時介入回線をオンにして、マイクを手にした。
「そこの商人、そこの女、良く聞け。わしは、空におる織物の神である。商人よ、欲をかくでない。また、女よ、ケチるでない。わしが反物の値打ちを見定め、それに見合った小判を、空から降らせた。双方ともに、これで事を収めよ。さもなくば、今度は、お前ら二人に雷を落とすぞ」
特殊な恐怖増幅ボイスチェンジャーを通して現地に届いた私の声は、私自身、ぞっとするくらい恐ろしい。

 まず、反応したのは商人だった。
「これは、天におられます神様。この弥次郎、神様から賜りました小判を慎んで受取り、ここを立ち去りますので、どうぞお怒りをお納めください」
そう言って、地面に膝をついて両手を合わせる。
小梅の視点の高さが変わらないので、私は彼女にラムネ語のテレパシーを送った。
「小梅さん、あなたも、織物の神におびえた演技をしてください」
「はぁ」
不服そうな返事が返ってきたが、それでも、小梅の視点が商人と同じところまで下がり、顔の前で両手を合わせるのが映った。これで、商人と小梅の双方が神の前に恐れおののき平伏した格好にできた。
「商人よ、小判を集めて早く去れ。女は、生まれた村に帰るのだ。両人とも、急げ」
 モニター画面の映像から、小梅が走り出したのがわかった。私は地形探索システムを使って小梅の前方に時空転移装置を着地させやすい空き地を見つけ、その位置情報を小梅と、発進ポッドで待機中のクローン・キャスト回収用時空転移装置に送った。
 三分後、小梅が時空転移装置に乗り込んで地球を発進したという信号が届き、私はホッと息をついた。クローン・キャストは筋書きがあって筋書きがないような物語を演じるから度胸がないよりはあった方が良いが、ありすぎるのも困りものだ。などと思い出したとたんに、ブー、ブーと警告音が鳴り出した。『花咲か爺さん』で苦戦しているハヤトの生命危険度がオレンジ色に変わっていた。

『第1話 ヘルプデスクの多忙 9. ハヤトの緊急回収」』につづく

『第7話 小梅のままならない日々 1. とんだありさま、屁こき嫁』からここに来られた方は、こちらへつづきます。