「日本昔話再生機構」ものがたり 第1話 ヘルプデスクの多忙 10. 再び当直交代
『第1話 ヘルプデスクの多忙 9. ハヤトの緊急回収』からつづく
椅子によりかかりぐったりしていると、当直終了時間を告げるブザーが鳴り出した。助かった。これ以上、トラブル処理をする気力は残っていない。
ヘルプグローブが下降し、床について止まる。グローブの外殻の1点に穴が開き、それが広がり、人ひとりが通れる大きさになった。
開口部の向こうに、腕組みで仁王立ちしている長身の人物がいた。私の口から「ゲッ」と声がもれる。乙女先輩ではないか。明日の夜番の乙女先輩が、なぜ、ここにいる?
ヘルプデスク担当は、ヘルプグローブ内では一国一城の主だ。お互い、相手のトラブル処理については口出ししないのが、暗黙のルールになっている。
ただ一人、このルールを守らないのが乙女先輩だ。現役時代から「うるさ型」で有名だった先輩は、現役を退きヘルプデスク担当になっても、他のヘルプデスク担当の対応を観察し、容赦なく批判する。
ヘルプデスク担当は、当直交代の直前にフロアに来るのに、乙女先輩だけは2時間前にはフロアにきて、前任の当直と現地キャスト間の通信ログに目を通すのだ。
「コーイチ、目が点になってるよ」
乙女先輩が腕組みしたまま言う。
「せ、先輩は、明日の夜番じゃなかったですか?」
「今日の夜番だったチドリが熱を出したから、呼び出された」
「そうですか。それは、お疲れ様です」
とでも言うしかない。「まったくツイてないぜ」と私が思っていることは乙女先輩も承知だが、言葉には出さないのが大人の付き合いというものだ。
「ずいぶん派手にやったじゃない。プロジェクト管理部長を二度も電話で呼び出そうとした。鶴役の沙知に台本にないことをやらせた上にハイパーエナジーバブル転移を使った。犬役のハヤトはもっと早く連れ戻すべきだった。無理に長居させたから変身が解け、連れ戻すのにハイパーエナジーバブル転移だけでなく、大型カーゴ転移装置まで使った。そのうえ産業医のエル・スリナリ先生を二度も呼び出した」
「不手際だらけでお恥ずかしい限りです」
私は神妙に答える。常識的に見たら、乙女先輩が言うとおりだから。
「あんた、ラムネリウム鉱山での強制労働に回されるわよ。覚悟はできてるの?」
「それは、もちろん」
ここは、言葉に力を込め、きっぱりと答えた。
「そぉ、ならいいわ。じゃ、代わりましょ」
私が先にヘルプグローブから出た。乙女先輩が長身を折り曲げるようにしてグローブに乗り込みながら
「そうだ、『鶴の恩返し』は成立したわよ」
と言った。
「え?」
訊き返す私に、先輩はヘルプデスクにつきながら
「あんたの作戦が成功したってこと。沙知もさんざん苦労した甲斐があった」
と言った。
「あぁ、それは良かった。教えてくださって、ありがとうございます」
そう答え、私はフロアの出口に向かった。
「コーイチ」
と、乙女先輩の声が追ってきた。振り返ると、乙女先輩はめったに見せたことのない笑みを見せ、
「グッド・ジョブ」
と言い、左の親指を突き立てて見せた。開口部が閉じ、乙女先輩を載せたヘルプグローブが上昇していった。
乙女先輩の去り際の仕草が残像になって目に浮かび、その残像が涙で曇り始めた。乙女先輩とは長い付き合いだが、褒められたのはこれが初めてだった。
「こんなことで泣くなんて、俺もヤキがまわったな」
そう呟きながら、私はヘルプグローブ・フロアを後にした。
『第1話 ヘルプデスクの多忙 11. 謝罪』につづく