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「日本昔話再生機構」ものがたり 第2話 沙知の危機 3(最終回)勝 負

『沙知の危機/2. 秘 策』からつづく

『ヘルプデスクの多忙/6. 追い詰められるハヤト』からつづく

『ヘルプデスクの多忙/7. 勝 負』と同時進行

 ヘルプデスク担当から布は織らずゆっくり休むよう言われた沙知だったが、翌朝の脱出作戦がうまくいくか不安で、結局、一睡もできないまま、夜明けを迎えようとしていた。
 
 沙知は、脳内の時空超越通信装置でヘルプデスクに信号を送った。
「ヘルプデスク、コーイチです」
ヘルプデスク担当の声が返ってくる。
「もうすぐ陽が昇ります。男が帰ってきます」
自分が緊張した声を出しているのがわかる。
「用意はできましたか?」
ヘルプデスク担当が尋ねてきた。それに答えようとした沙知の口から
「用意はできていません」
という言葉が飛び出した。

 ヘルプデスク担当に言われたとおり、「布は用意していない」という意味だが、それは作戦通り準備しているわけで、「用意できています」と答えるべきだった。沙知は思いがけず冗談を言っていた。
「えっ?」
はるか時空の彼方でヘルプデスク担当が驚いた声を出した。沙知は慌てて
「あっ、ご指示のとおり、布を用意していないという意味です」
と説明した。
「あ、なるほど。はい、布は用意できていなくて良いのです」
ヘルプデスク担当の声に落ち着きが戻ったと、沙知は感じた。

「では、もう一度、手順を確認します」
ヘルプデスク担当が言い、沙知は
「はい」
と応じる。
「男はあなたが布を用意していないのを見て怒り、機織り場の障子を開ける。そして、鶴の姿のあなたを見て、驚く」
「男は一瞬、凍り付く。そうですね」
「そうです。その一瞬のすきをついて、あなたは機織り場から飛び出し、家の前の山に逃げ込む」
 
 そのとき、沙知は、大事なことをヘルプデスク担当とすり合わせていなかったことに気づいた。それは、この家から飛び去るときの「決め台詞」のことだ。「この姿を見られた以上、ここに置いていただくことは出来ません」という、あれだ。
「あのぅ、『決め台詞』は、どうしますか?」
沙知はヘルプデスク担当に尋ねた。一瞬、ヘルプデスク担当が返事に詰まったように、沙知は感じた。
 しかし、すぐに、相手は、力強い声で
「『決め台詞』は要りません。黙って、一目散に逃げてください」
と指示してきた。

――自分は何ということを言ってしまったのだろう!
急に後悔が突き上げてきた。「決め台詞」が気になったのは、この期に及んでも『鶴の恩返し』が成立するかどうか気にしているからだ。
 しかし、ヘルプデスク担当は沙知の命を第一に考えてくれていた。彼は後日自分が処分されるのを覚悟で、ハイパーエナジーバブル転移を使おうとしている。それなのに、私がいまさらこの話が成立するかどうかにこだわるなんて。職業病と言い訳して許されることではないと思った。
 沙知は、自分を恥じた。恥じたが、恥ずべき身であっても、何としても生きて帰ると誓った。それがヘルプデスク担当に対するせめての誠意だと思ったからだ。

 障子の外が明るくなってきた。ザック、ザックと山道を踏みしめる足音が聞こえ始める。あいつが戻ってきたのだ。沙知は、自分の身体を見回す。地肌がむき出しになった貧相な鶴の身体がそこにあった。
「情けない姿だが、男を驚かすには、この方がいいだろう。これを見て一瞬でも驚かない人間など、いないはずだ」
沙知は唇をかみしめる代わりにくちばしを強くすり合わせた。

 足音がすぐ近くに迫り、荒い息の音が聞こえ始めた。足音が止まる。荒い息が怒声に変わった。
「おりゃぁ、布はどぉした、布は!」
男の手が障子にかかる音がする。
「サボって寝てくさったか、このアマ!」
障子が勢いよく開いた。
 沙知は鶴の目で男を睨み据えた。
「!」
男が言葉にならない声を発し、動きを止めた。
 
 今だ! 沙知は両脚に力をこめ翼を羽ばたかせ、飛び立とうとした。
ところが、羽毛がほぼ抜けきった翼は沙知の身体を宙に持ち上げてくれない。
 沙知は山までの距離を目測した。地球標準距離で10メートルちょっと。このまま走り切る、と沙知が決めたとき、男が動き出した。沙知に手を伸ばして捕まえようとする。沙知は、右の翼で男の顔を叩いた。男がひるむ。
 
 沙知は家の外に駆け出した。翼をバタバタさせながら、山に向かい必死で走る。両脚をもつれさせながら山の際までたどりついたが、すぐ後ろに男の足音が迫っていた。
「待て、このアマ、鶴に化けたからって逃がしゃしねぇぞ。俺の布を織れ!」
怒声を背中に浴びる。
 次の瞬間、真っ白な光が空から落ちてきて、沙知の全身を包んだ。その光のあまりの眩しさに沙知は目がつぶれるかと思った。自分の翼では持ち上げられなかった身体が宙に浮いた。そして、上方向へと急加速がかかった。沙知は光の眩しさと加速度のため、意識を失った。

「沙知さん、沙知さん」
遠くで沙知を呼ぶ声がするような気がした。
「沙知さん、目を開けて」
今度は、もっと近くで声がした。声にうながされ、目を開ける。沙知は、山の中ではなく、野原の真ん中にいた。
「沙知さん、もうひと頑張りです。時空転移装置に乗り込んでください」
声の主は、ヘルプデスク担当だ。
目の前に銀色に輝く時空転移装置があり、ハッチが開いていた。
「大型の転移装置を送りました。鶴のまま乗り込めます。急いで」
 ヘルプデスク担当に促され、沙知は翼をたたんだ鶴の姿のまま、時空転移装置に足から飛び降りた。頭の上でハッチが閉まり、さきほど受けた加速度をはるかに上回る加速度がかかり、沙知はまた気を失った。

『第2話 沙知の危機』 終わり

その後の沙知について興味のある方は、『第1話 ヘルプデスクの多忙 12. 奇妙な依頼』をご覧ください。