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「日本昔話再生機構」ものがたり 第1話ヘルプデスクの多忙 1. 当直交代

 地球標準時間06:27、私はヘルプグローブの下に立った。ヘルプグローブは、「日本昔話再生支援機構」本部55階ヘルプグローブ・フロアの中空に浮かんでいる直径7メートルの球形の構造物だ。
 3分後、グローブが降下を始めた。着地と同時に、グローブの表面に、人ひとりが出入りできる開口部が現れる。

「おぅ、コーちゃん」」
グローブの中から、M1331、愛称・千太先輩が声をかけてくる。先輩は、まだ、ヘルプデスクについている。ヘルプデスクはグローブの球体構造の中心にあり、周囲360度をモニター画面で囲まれている。
 先輩がヘルプデスクを離れ、開口部から出てくる。
「先輩、これ朝食です」 
私は、手にした袋を仙太先輩に差し出す。

 仙太先輩は中を見て
「おおぉ、地球産のベーグル・ハムサンドにヨーグルト・ドリンク。俺はこれに目がないんだよ。本当に、『地球産品特売所』で並ばずに買えたのか?」
と尋ねる。
 地球産の食べ物は、私たちクローン・キャストの間で超人気。手に入れるためには「機構」本部地下5階の「地球産品特売所」で長蛇の列に並ぶことになる。
 だが、私は、先輩の朝食をゲットするために並んだわけではない。
「昔『舌切り雀』を一緒にやってた仲間が特売所で働いてて、こっそり取り分けといてくれるんです」

「持つべきものは友だな。それなら俺も気が楽だ。コーイチ、ありがとな」
仙太先輩は笑ってみせるが、目の下にクマができ、顔色も悪い。先輩はクローン年齢48歳。生命活動が停止する「お迎え」まであと2年だ。ヘルプデスクの夜勤は、相当こたえるにちがいない。

「申し送っとく継続案件は二だ。犬に変身して『花咲か爺さん』を再生中のM2105がお爺さんに口輪をはめられ、『ここ掘れ、ワンワン』できなくて困っている。まだ新米のクローンだ。面倒見てやってくれ」
「口輪……また、町内会の縛りですか?」
「あぁ。町内会が生活騒音にうるさく、口輪をはめるのが犬を飼う条件だそうだ」
「むかし、むかし、あるところの日本」だからと言って、のどかな所ばかりではない。

「もう一つは、どんな案件ですか?」
「『鶴の恩返し』を再生中のM1878が、連れ合いの男に機織り場をのぞいてもらえず、困っている」
「男が、彼女が機を織る姿に興味がないってことですか?」
「夕方になると、彼女が織った布を持ってふもとに降りて、布を飲み代にして、一晩中飲み明かしているそうだ」
「それは、男の方に問題がありますよ。『昔話成立審査会』から中止の指示がないのですか?」

 仙太先輩が周りを見回し、他に誰もいないのを確かめてから、私の耳元でささやいた。
「うちのプロジェクト管理部長と『審査会』はツーカーで、管理部長が泣きつけば再生中止を見送ってもらえるという噂だ」
「まさか!」
思わず叫んでしまった私に、太一先輩が「シーッ、静かに」と言い、さらに声を潜める。
「プロジェクト管理部長が『審査会』に賄賂を贈っているという噂もある」
「先輩、それ都市伝説ですよ。現実にそんなことが起こるはずがない。そんなことで昔話の成立判定がゆがめられたら、日本人の頭に正しい昔話記憶が刻まれなくなり、昔話を再生する意味がなくなります」
 
 仙太先輩が私の顔を見て、意味ありげな笑みを浮かべ、それからうつむく。
「しまったな。『鶴の恩返し』の件を、お前に申し送るんじゃなかった。いや、俺が申し送らなくても、M1878から泣きついてくるか……」
仙太先輩が顔をあげた。きっぱりした口調で言う。
「ともかく、『鶴の恩返し』には深入りするな。それより『花咲か爺さん』で困っている新米を早く助けてやれ」
私は釘をさされたように感じた。

「じゃ、頼んだぞ」
仙太先輩が55階のエレベータに向かって歩き去る。その背中がすっかり丸くなっているように見えるのは、私の気のせいだろうか? 私はひとつ深呼吸をしてから、ヘルプデスクについた。

『第1話 ヘルプデスクの多忙 2. 見捨てられた沙知』につづく