「日本昔話再生機構」ものがたり 第8話 求む、目撃者 1. 疑 念
ケンジが本を読んでいると、「先輩」と頭の上で声がし、目の前のテーブルに地味な黄金色のペットボトルが置かれた。
「えぇっ! 地球産のジンジャーエールじゃない!」
ケンジを「先輩」と呼んだテッタが丸テーブルの向かい側に座る。手には地球産のダイエットペプシ。ケンジが目を丸くする。
「そっちもメイド・イン・地球じゃない。こんな貴重品、いったいどうやって手に入れたの?」
「そこの自販機っすよ」
テッタがあごで壁際の自販機を指す。
「自販機? こんな凄いもんを、自販機で売ってるの?」
「今週は、地球産飲料の宣伝週間らしいっすよ。地球連邦政府は財政難だそうじゃないすか。うちらラムネ星に色々売り込もうってんじゃないすか? 隣の自販機には見たことないドリンクもあったなぁ。『ボービキ』じゃなくて『ボートー』じゃなくて、『ボーなんとかヌボッ』とか、そんな名前の」
コータが首をかしげる。
「それは、ボージョレ・ヌーヴォーだよ。地球のフランスのワインのうち、その年に出来たてのモノのことだ」
「ワインって、酒っすよね。昔話を演じる前に飲んでいいんすか?」
「ダメだろう。俺らクローン人間は地球人よりアルコールに弱いんだから」
「昔話再生に成功して戻ってきたら祝杯をあげろってことすかね?」
「いやいや、物販部の連中がボージョレ・ヌーヴォーが酒だって知らずに置いたんだよ。物販部に言って、ここで売るのは止めさせないと」
ケンジは椅子から立って、自販機の近くにある物販部呼び出し電話に足を向けた。
ここは、ラムネ星の「日本昔話再生支援機構」最上階にある「お待たせロビー」。昔話を演じるクローン・キャストたちが「むかし、むかし、あるところの日本」に向かう時空転移装置の出発を待つ場所だ。
地球尺度で20メ―トル四方のスペースに丸テーブルと角テーブルが並び、出発を待つキャストたちが担当昔話ごとに寄り集まっている。
ドリンクを手に同僚と談笑するキャスト、グループの仲間を無視して読書にふけるキャスト、椅子の上であぐらを組んで瞑想するキャスト……など、待機の仕方は人それぞれだ。
クローン・キャストは時空転移装置に乗り込み、ラムネ星上空にある時空の亀裂に飛び込む。亀裂の向こうはラムネ星の並行世界である地球の「むかし、むかし、あるところの日本」。
キャストを運ぶ時空転移装置は一人乗り。事故があっても失うキャストを1人に抑えるためだ。その台数は、予算の制約で一日に昔話を演じるキャストの数より少ない。だからラムネ星・地球間をピストン輸送してキャストを運ぶことになり、キャストたちには待ち時間が生じる。その時間を過ごすのが「お待たせロビー」だ。
ケンジとテッタは1時間後に出発する時空転移装置で地球に移動し昔話『猿の尾はなぜ短い』を演じる予定だ。
ケンジが物販部にボージョレ・ヌーヴォーの販売を停止するよう伝え席に戻ると、テッタが妙に真剣な顔で話しかけてきた。
「先輩、ボク、『猿の尾はなぜ短い』について、前々から気になってることがあるんすよ」
「気になるって、なにが?」
普段、およそ物事を気にしないテッタが「気になること」があるとは珍しい。
「ボクらクローン・キャストは、『むかし、むかし、あるところの日本』で昔話を演じるために作られたんすよね」
「そうだよ。なに、当たり前のことを蒸し返してんだ」
「そう言わないで、ちょっと聞いてくださいよ。ボクらは、おんなじ昔話を繰り返し繰り返し、演じる。例えば、これからやる『猿の尾はなぜ短い』は、今年にはいって五回目っすよね」
「同じ昔話に巻き込まれる日本人や同じ昔話を目撃する日本人を増やす。すると、昔話が後の時代に伝えられる回数が増える。その結果、今生きてる日本人の昔話記憶が補強される。ま、そういう仕組みだな。これやっとかないと、大変なことになる。日本人の昔話記憶が70パーセントなくなると、日本人が消えちまう。それだけなら『おや、日本人お気の毒に』って話だが、日本人が消えるときに同じ数のラムネ星人も消えちまうってんだから、こりゃぁ、他人事じゃすまねぇ。俺たちは昔話を再生して、そういう破局からラムネ星と地球を守ってるわけだ。大したもんだよ、俺たちクローン・キャストは」
「だから、同じ昔話が、何度も、何度も、言い伝えられるってとこが、ミソなんすよね」
「そうだよ、そう言ってるじゃないか」
テッタが丸テーブルの上に身を乗り出してきた。
「じゃぁ、言い伝える人間が ぜ・ん・ぜ・ん、い・な・い 昔話って、どうなんすか?」
「『どうなんすか?』って、もっと具体的に言わないと、何て答えていいかわかんないよ」
「言い伝える人がいなきゃ昔話にならないんじゃないんですか? 先輩、どう思います?」
「そりゃ、誰も言い伝えなきゃ、昔話になるわけがないさ」
テッタが丸テーブルから身体を引き、頭をかく。
「そこなんすよ、そこが引っかかるんす」
そう言って、また身を乗り出してくる。
「先輩、ボクらがやる『猿の尾はなぜ短い』には、動物しか出てこないんすよ。猿と熊。俺が猿に変身し、先輩が熊に変身する」
テッタがいったん言葉を止め、ひとつ深呼吸してからケンジの目をのぞき込んでくる。
「この話を言い伝える人間は、どこにいるんすか?」
「は?」
「だから、俺らが変身した猿と熊がやることを見てて後の世に伝える人間は、どこにいるんすか?」
「それは、近くの森の中とかから、眺めてんじゃないの?」
「それって、今まで確かめてました?」
「確かめるって、なにを?」
「だから、俺らが演じた『猿の尾はなぜ短い』を見てた日本人がいたかどうか? ちゃんと、確かめてました?」
ケンジはハッとする。
「いや、確かめてなかったな」
「ほらぁ。俺ら、後の世に伝えてくれる目撃者なしで演じてたかもしんないじゃないすか? つまり、俺らの仕事は、日本人の昔話記憶を補強するためには、な~んの役にも立ってなかったかもしんない。そうなりません?」
ケンジは足元にポッカリと底なしの穴があいたような気がした。
〈『求む、目撃者(2)決 意』につづく〉