「日本昔話再生機構」ものがたり 第5話 浦島太郎の苦悩 14.(最終回)光 点
『第5話 浦島太郎の苦悩 13. 心 棒』からつづく
タローの身体は、担当医が処方するいかなる向精神薬も受け付けなかった。どの薬に対しても嘔吐や湿疹など激しい副作用が起こり、医師が苦心惨憺して処方する薬は、すべて3日で投与を打ち切らざるを得なかった。
「彼は治ることを放棄している」
担当医は病室から廊下に出ると、首を横に振りながらつぶやいた。久しく見舞いに訪れないキキョウを呼び出す日がそう遠くないことを彼は感じていた。
いまや身体を動かすことはおろか、口を開く気力も失ったタローは、点滴で注入される輸液の栄養で辛うじて命をつないでいた。意識はつねに朦朧とし、たまに脳内の霧が晴れると、玉手箱を開かなかった自らを彼自身が空から見下ろしている映像が浮かび、タローは声に出さずに呻いた。
何度か輸液のチューブを外そうとし、そのたびに看護師に止められた彼はチューブに触れる気力すら失っていた。
――もう、どうにでもなれ。
と、ただベッドに横たわっていた。
そんなある日、彼は、夢を見た。全方向に無限に広がる、漆黒の、無音の空間があった。一つの小さな光点が一瞬灯り、そして消えた。あとには、光が瞬いたことなどなかったかのように、元と同じ漆黒の空間が無言で広がっていた。
タローは目覚め、ベッドの上に身を起こした。彼には、夢の中の光が自分であったという確信があった。
――俺がいる世界は一瞬で、俺がいない世界は永遠だ。
彼のこれまでの人生で、この感覚ほど、彼がいかなる存在であるかを痛烈に、そして的確に、教えてくれたものはなかった。
この感覚の前では、クローン人間養育所から30年以上にわたり叩き込まれてきたクローン・キャストの務めなど、無きに等しいものだった。いや、己がクローン・キャストであることすら、風の前の塵でしかなかった。
翌朝、彼は口を開き、コトバを発した。それは、看護師に食事を求めるコトバだった。
『第5話 浦島太郎の苦悩』おわり