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「日本昔話再生機構」ものがたり 第3話 産業医の闘い 8. 絶 望

『地球連邦政府のスパイたち/1. 魔性の女』からつづく

  スリナリ産業医は冷水のシャワーを浴び続けた。ミラ・ジョモレにデータを渡した後のことは、夢の中の出来事のようだった。断片的な映像が浮かぶだけで、全体の流れがまったくわからない。ただ、映像に付随する身体感覚の熱さに圧倒され、こうして冷水を浴び続けているが、一向に熱は収まらない。
 
 だが、頭脳はいつもの内省的な働きを取り戻し始めていた。
「私は何をしているんだ」
スリナリ産業医はシャワールームの壁に額を打ちつけた。
 ヘルプデスクと現場キャストの交信データに自分はアクセスできないことを、ジョモレに切り出せなかった。ジョモレに見捨てられたくなかったからだ。
 
 アクセス権がない情報を入手する方法など考えもつかず困り果てているところに、コーイチが現れた。産業医との面会は許されていないにもかかわらず、自分はラムネリウム鉱山に送られる身だからと訪ねてきた。奇跡だった。
「私は、この奇跡に『渡りに舟』と飛びついた。だが、コーイチさんは、私の動機が不純なことに気づいていた」
スリナリ産業医は、また、壁に額を打ちつけた。
「彼は私の動機に不審を持った。だから、彼と沙知さんの分のコピーも要求したのだ」
冷たい水に打たれながら小声でつぶやく。

 ミラ・ジョモレは、データを入手することがクローン・キャストを今の過酷な労働条件から救い出す唯一の道だと言った。それが正義だと言い、スリナリ産業医もそれが正義だと信じた。
 ジョモレからはジョモレに協力していることは今の段階では秘密にするよう言われた。
 だが、コーイチは信頼に値する人間だった。
――私が正義を行っていると本当に信じていたなら、コーイチさんに私の目的を打ち明けることができたはずだ。
 しかし、スリナリ産業医はデータを何に使うのかというコーイチの問いに答えることができなかった。
 
 結局、自分には正義を行っている確信などなかったのだ。スリナリ産業医は、そう認めざるを得なかった。
――私は、自分がジョモレの魔力に囚われているだけだと、心のどこかで気づいていたのだ。だから、コーイチさんに対して率直になることができなかった。
 スリナリ産業医は激しく自分を責めた。それなのに、身体の熱は一向に冷めない。いまだにジョモレを渇望している、もう一人のスリナリ産業医がいた。

 スリナリ産業医を絶望が襲った。全身から冷水のしずくを垂らしたままシャワールームを出たスリナリ産業医は、洗面台の引き出しをあけ睡眠薬のびんを取り出した。

〈『地球連邦政府のスパイたち/3. 冷徹な判断』につづく〉

『第5話 浦島太郎の苦悩 9. タロー、突然死?』につづく