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「日本昔話再生機構」ものがたり 第7話小梅のままならない日々 1. とんだありさま、屁こき嫁

 あたしは、いま、「むかし、むかし、あるところの日本」の田舎道を元・夫と歩いてる。元・夫に実家――本当は、そんなものないんだけど――に送り返される途中だ。
 あたしの名前は、小梅。梅の季節に人工胎内システムから出てきたから、小梅。名字は、ない。クローンだからね。
 小梅ってのもクローン養育所「くすのきの里」でつけてもらった愛称で、あたしのほんとの名前は「M2018」。名前っていうか、登録番号ね。Mは昔話の「M」、2018は製造番号。なんて、ベタなネーミング。しかも製造番号で歳がわっかっちゃうんだから、レディに対して失礼な話よね。

 あたしは、今、「日本昔話」の中の『屁こき嫁』を再生してて、ハナシは大詰めまできてる。ここまで「日本昔話再生支援機構」の標準ストーリーぴったりに進んできたから、昔話成立は目の前。
 ラムネ星に帰れば、報奨金が待ってる。でも、あたしにとって、もっと嬉しいのは、職員食堂で月に1回だけ出る《地球素材特A定食》の3ヶ月間無料クーポンってご褒美。あたしのお目当ては、地球のエビを使ったエビフライ定食。
 ラムネ星は地球の並行世界だから、ほとんどの動植物は似たり寄ったりなんだけど、エビだけは、これに似たものすら、ラムネ星にはないの。あたしは、初めて地球のエビを食べたとき、心が飛んだ。こんな旨いもんが、宇宙にはあるんだって、泣いた。
 でも、エビフライ定食は、目玉が飛び出すほど高い。あたしは、お給料を節約してエビフライ定食に回してたんだけど、それを、3ヶ月間もタダで食べられる! 
 ウヒウヒ……あたしは、表面はしゅんとして見せてるけど、心の中では笑いが止まらない。
 
 そうだ。ここまで、あたしがどんな風に『屁こき嫁』を再生してきたか、一応話しとくね。
 あたしは普段は動物役をやってるクローンなんだけど、特大の屁をこく能力があるんで、『屁こき嫁』の主人公で特大の屁をこく人間の女性役も回ってくるわけ。

 あたしは、時空転移装置で、「むかし、むかし、あるところの日本」の農村に送り込まれました。《母ひとり・息子ひとり》の農家に嫁ぎました。「恋愛結婚? いや、昔のことだから見合い?」とか細かいことは気にしないでね。オリジナルの昔話でも、そこはハッキリしないんだから。
 さて、なんたって、《母ひとり・息子ひとり》ですからね。嫁は大変ですよ~。姑に意地悪されて旦那に救いを求めたって、旦那は姑についちゃいますから。いわゆる「マザコン」って言うんですか?
 でも、誠心誠意やってれば、姑にも気持ちは通じる――この昔話では、そうなってるのね――わけで、あたしは家族の一員としてうまくやってけるようになりました。
 
 そのころ合いを見て、あたしは姑に具合悪そうな様子を見せた。姑が「どうしたの?」って訊くから、「実はオナラを我慢してて」と打ち明ける。姑は「オナラくらい遠慮せず」と言ってくれる。そこで、特大のオナラを一発こくと、あたしのオナラで姑は隣の家の畑まで吹っ飛んじゃった。ウソでしょって、思うよね。でも、これ、昔話のシナリオ通りだからね。
 姑が「こんな嫁は実家に帰しちまえ」と怒りだすと、旦那は姑の言いなりになるしかない。あたしを離縁して、あたしの実家に連れて帰ることになった。で、あたしは元・夫と田舎道を歩いてるわけ。

 田舎道の前方で、馬にたくさん荷物を積んだ中年の男が柿の木を見上げてる。これ、大事なところね。その男は裕福な商人で、馬の背には高価な反物をいっぱい積んでるの。で、この商人が、今は、柿が欲しくたまらないわけ。 
 あたしが特大のオナラで柿の実を全部落としてやると、男は喜んで反物をいくつもくれる。柿の実の御礼に高価な反物って、割が合わない気がするけど、これも昔話がそうなってるんだから、仕方ないね。

 あたしの元・夫は「こんな重宝な嫁を離縁するのはもったいない」と思い直して、たちまち夫に戻り、あたしを家に連れて帰る。あたしは、男の家で末永く幸せに暮らして、メデタシ、メデタシ。で、『屁こき嫁』が完結するわけ。

 あっ、でも、本当に末永くやってたら、あたしが歳取って他の仕事できなくなっちゃうじゃない。だから、2週間くらいしたら、急病でポッコリってことにしてラムネ星に戻るの。で、あたしは報奨金と無料のエビフライにありつく。うん、もぉ~、笑いが止まらない~。

 元・夫が、商人に「どうなさったかね?」と尋ねる。商人が、「この木になっている柿の実があんまりうまそうなので、何とか、落として食えないかと思って」と答える。

「それならあたしが」と言って、あたしは前に出る。腰を据え腹に力を入れ、「油断してプスー」とは大違いの「狙ってブッフォーン」の用意をする。

 その時、小さな羽虫みたいなのが、あたしの鼻の穴に飛び込んできた。フン、フンと鼻息で追い出そうとするけど、出てくどころか奥のほうに入り込んでくる。

ハッ、ハックショーーーーン!
一瞬、何が起こったか、わからなかったわ。

 商人が意味のわからない言葉をつぶやいてる。頭のてっぺんから足元まで、水をかぶったみたいにびっしょり。あたしの元・夫も、馬も、ずぶ濡れ。大雨の後みたいにドロドロになった地面に柿の実がいっぱい落ちてる。いったい、ぜんたい、どうなっちゃってんの?

「お前は屁がデカイだけじゃなく、クシャミまで特大なのか!」
元・夫が目をむいてあたしに怒鳴った。
 クシャミ? クシャミ!
そぉか、羽虫が鼻の奥に入ったんで、オナラより先にクシャミしちゃったんだ。オナラ用に溜めてたパワーが全部クシャミに回ったんだから、そりゃ大変だわ。

「お前のそばにいたら、どんな目に遭うか、わからない。後は、一人で生まれた村に帰れ!」
と、元・夫があたしに怒鳴る。
「大事な反物がダメになった。弁償しろ」
と、商人が元・夫に迫ると、元・夫は
「この女とは離縁して、実家に送り返すところだった。金の話は、この女の家族としてくれ」
と言い捨て、さっさと、自分の村の方へ引き返してく。
商人が目をギラつかせて、あたしをにらんできた。

 なに、これ? あたし、最悪ついてないじゃん! 『屁こき嫁』は再生失敗。その上、商人に損害賠償ですって! 今すぐ時空転移装置をここに呼んで、さっさとラムネ星に逃げ帰りたいよ。
 でも、クローン・キャストが「むかし、むかし、あるところの』日本人に昔話のストーリーには出てこない損害を与えちゃったら弁償しなきゃいけないルールがあるのね。
 その弁償は、とりあえず「日本昔話再生支援機構」のヘルプデスクがやってくれるんだけど、その後、クローン・キャストは弁償にかかった費用を5年間で返済しなきゃいけないの。サ・イ・ア・ク! これで5年間はエビフライともオサラバだ。

 あたしは、脳に埋め込まれた時空超越通信装置を起動させてヘルプデスクに救難信号を送った。今日のヘルプデスク担当が物わかりの良いキャストだといいんだけど……

〈『ヘルプデスクの多忙/8. 屁こき嫁』につづく〉

〈『小梅のままならない日々/2. とんだありさま、舌切り雀』につづく〉