「日本昔話再生機構」ものがたり 第6話 乙女の闘い 5. 告 白
『ヘルプデスク担当・乙女の闘い/4. 秘 策』からつづく
「あなたは、なぜ、そのことを」
スリナリ医師が引きつった声で訊いてきた。
乙女は、スリナリ医師が交信記録をコピーしたことにやましさを感じていると確信した。
「沙知さんから、交信記録を使ってコーイチの処分を撤回させられないかと相談されました」
スリナリ医師の顔に汗の玉が吹き出した。汗で鼻から落ちるメガネを指で押し上げる。
「あなたと、沙知さん、コーイチさんの関係は?」
「コーイチとは昔からの知り合いです。沙知さんは、私がコーイチと親しいことを知って訪ねてきました」
「あなたは、沙知さんが持っているメモリーを開いたのですか?」
スリナリ医師が消え入りそうな声で尋ねる。
「沙知さんから話を聞いただけですが、私はコーイチの後の当直だったので、彼と沙知さんの交信ログに目を通しています」
「『プロジェクト管理部長』と『成立審査会』に不作為があったことに気づいているのですね」
「はい」
乙女がきっぱり答えると、スリナリ医師が複雑な表情になった。
スリナリ医師が複雑な表情を見せているからといって必要な質問をためらう乙女ではなかった。
「先生は、なぜ、コーイチと沙知さんの交信ログをコピーなさったのですか?」
「労働基準監督官から情報提供を求められたからです」
「労働基準監督官? どういうことをするのですか?」
「ラムネ星人の労働環境が法の基準を満たしているか監督する官僚です。残念ながら、あなたたちクローン・キャストの労働環境を監督する官僚はいないので、あなたたちはご存じないと思います」
スリナリ医師がすまなそうな言い方をした。
クローン・キャストの労働環境は管轄外の労働基準監督官がスリナリ医師に情報提供を求めてきたとは不思議な話だと、乙女は思う。
「なぜ、労働基準監督官がクローン・キャストの活動状況を知りたがるのですか?」
「ラムネ星統合政府がクローン・キャストの労働環境を懸念し、労働基準監督官の監督対象にすることを検討している。その検討の一環として、水面下でクローン・キャストの労働環境の実態調査をしている。そう、彼女は言いました」
乙女は「言いました」というスリナリ医師の表現がひっかかった。乙女は彼女らしく、単刀直入に尋ねた。
「その労働基準官がウソをついているかもしれない。そう思っていらっしゃるのですか?」
スリナリ医師は天井に目を向け、少し考えているようだったが、乙女に向き直って、言った。
「私は、彼女に篭絡されたと思っています」
「ロウラク?」
「あなたたちクローン・キャストには無縁のことですが、地球人とラムネ星人は性的な吸引力で異性を操ることがあるのです」
性的な吸引力で異性を操る……と言われても、遺伝子操作で恋愛感情を抑制されているクローン・キャストの乙女にはピンとこない。乙女は
「つまり、騙されたということですか?」
と訊き返した。
「騙されるのは愚かだからですが、篭絡されるのは、自分の性欲に振り回されることで、愚かであるよりも、さらに恥ずべきことです」
スリナリ医師がうなだれた。
「先生、騙す方法が何だろうと、人を騙す方が悪い。先生が恥じる必要はまったくないと思います。それより、その労働基準官が先生を騙した目的の方が大事です。それについて心当たりはないのですか?」
スリナリ医師が顔を上げた。
「そうでした。今は、自分を責めている場合ではなかった。彼女の正体と目的を知ることが優先だった」
スリナリ医師が乙女にとっては当たり前のことを大発見でもしたように言うので、乙女は、この人は意外に頭が悪いのかもしれないと思った。
「正直に言います。彼女が本当に労働基準官なのかも確かでないのです。労働基準監督官事務所に彼女が在籍しているか問い合わせましたが、労働基準監督官は偽名を使って潜入捜査することもあるので在籍問い合わせには答えられないと言われました」
「そのルールは、ニセの労働基準監督官をはびこらせることになりかねないですね」
「なのですが、今回、彼女は私に労働基準監督官のIDカードを見せたのです」
「では、本物なのではないですか?」
「彼女のIDカードが本物で、彼女も本当に労働基準監督官なら、私を篭絡する必要などないのですよ。彼女は、私がクローン・キャストの労働環境を改善したいと考えていることを知っていて、接触してきたのですから」
スリナリ医師が言いたいことが、男女の間にラムネ星人の場合のような強烈は吸引力が働かないクローン・キャストの乙女には良く分からない。
「お話が見えません」
乙女は率直に尋ねた。
「こういうことです。クローン・キャストの労働環境が不適切だという問題意識を共有しているのだから、水面下の調査であっても、産業医と労働基準官というプロとプロの接し方をすれば良い」
「そこに先生がおっしゃる『性的吸引力』を持ち込んだから怪しい。そうおっしゃりたいのですね」
「そのとおりです」
「恥ずかしながら、彼女の正体をつかめていないし、本当の目的もわかっていません」
スリナリ医師の声が小さくなる。よく恥じる人だと、乙女は思う。
スリナリ医師が元気を振り絞るように言った。
「私の責任で、彼女の正体と目的をつきとめます」
乙女はそう言ってもらえるのはありがたいと思いつつ、この人には具体策があるのだろうかと、不安も覚えた。
〈『ヘルプデスク担当・乙女の闘い/6. 打つ手なし?』につづく〉