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「日本昔話再生機構」ものがたり 第6話 乙女の闘い 1. 訪問者

乙女の物語は『ヘルプデスクの担当/10. 再び当直交代』からつづく

沙知の物語は『ヘルプデスクの多忙/13. とんだクセ者』からつづく

 「日本昔話再生支援機構」本部54階のクローン・キャスト中央食堂はキャストたちで溢れかえっていた。今日は月の最終日。地球から輸入したての新鮮な食材を使った「地球特別ランチ」が通常の定食並みの価格で提供される。
 非番のクローン・キャストは普段は官舎の食堂を使うのだが、今日は「地球特別ランチ」目当てに大勢が中央食堂に詰め掛けていた。その中にヘルプデスク担当・乙女の姿があった。
 乙女は散々食堂内を歩き回った末に、やっと二人掛けのテーブルに空席を見つけた。
「相席させてもらうわね」
若い男性キャストに圧をかけ、向い側に腰を下ろす。

 コーイチがラムネリウム鉱山送りになって2週間が経っていた。この間、乙女は当番勤務には常と変わらず集中していたが、それ以外の時間は落ち着かない気持ちで過ごしていた。コーイチのことが頭に引っかかっていたのだ。
 今日は非番だったが「地球特別定食」で気持ちが晴れるかと思いやってきたものの、大好物の海老フライ定食を前にしても、いつものような高揚感がなかった。

 チビチビとはしをつけていると、向かいの男性が席を立ち、入れ替わりに女性が現れ
「あのぅ……ヘルプデスク担当の乙女さんですか?」
と声をかけてきた。
 乙女はテーブルから顔を上げ、女性を見た。整った容姿をしているが、どこか寂しげな女性だ。年齢は30代半ばくらいだろうか。
「乙女だけど、ご用かしら?」
乙女は事務的に答えた。

「ここ、よろしいですか?」
「どうぞ」
女性が腰を下ろしたが、トレイにはドリンクしか載っていなかった。乙女は女性には構わず食事を続ける。
「あのぅ……」
女性がためらいがちに目を伏せる。乙女があまり好まない態度だ。
「なに? 用があるなら、聞くわよ」
乙女は箸を止めずに答える。
女性が目を上げ、覚悟を決めたように切り出した。
「2週間前にコーイチさんの後に夜当番に入られたヘルプデスクの方ですよね」
「そうだけど」
「私は、『鶴の恩返し』を再生していてコーイチさんに助けていただいたMM1878、沙知です」

 乙女は箸を止めた。乙女はコーイチと沙知の通信ログを見ていた。
「あなたが、沙知さん……大変な目に遭ったわね」
「それよりも、私のせいでコーイチさんが……」
「あれは、あなたのせいではない。プロジェクト管理部長と『成立審査会』の怠慢が原因。あなたは被害者」
乙女の腹の底から怒りが湧いてきた。
 隣の2人掛けテーブルの女性キャストが驚いたように乙女を見たが、そんなことを気にする乙女ではない。
「あれはプロジェクト管理部長と『成立審査会』のエラー。あの子は、前々から部長に睨まれてたから、格好のスケープゴートにされた。だから、沙知さんがあの子のことを気に病む必要は全然、ない」
隣席の女性キャストは、目を自分の定食に戻した。
「あの子?」
沙知が、乙女にいぶかしげな目を向けてきた。

「あは、立派な大人を『あの子』呼ばわりは失礼だったわね。でも、あの子とは長い付き合いだから、つい」
乙女はコーイチを「あの子」としか呼べない自分に苦笑する。
「もしかして、ヘルプデスク担当になられる前から、コーイチさんをご存知なのですか?」
「クローン・キャスト養育所から一緒。私が3つ年上で、あの子の《お世話係》だった」
《お世話係》というのは、10歳未満のクローン人間の日常生活の面倒を見る年長のクローン人間のことだ。コーイチは養育所のラムネ星人教師たちからは問題児扱いされていたが、根が真っ直ぐで気持ちの良い子どもだった。

「長いこと、一緒に『浦島太郎』をやっていたのよ。私が乙姫で、あの子が浦島太郎」
「乙女さんが乙姫? 周りが混乱しそうですね」
「そうならないように、私は、乙姫と名乗ってたわよ」
 乙女は沙知に笑ってみせた。コーイチと『浦島太郎』を演じていたころの記憶が鮮やかによみがえってきた。二人は何かにつけて言い合いになるので、周りからは凸凹コンビと言われていたが、成立率は他の『浦島太郎』チームより高かった。成立・不成立には運の要素が大きいから人前で自慢したことはない。だが、内心では誇りに思っている。
「お親しかたったのですね」
乙女にもう少しデリカシーがあったら、沙知の声に含まれた嫉妬に気づいたかもしれない。

 クローン・キャストには生殖能力がない。恋愛感情を起こすホルモンの分泌も抑制されている。
 それでも、異性の間には同性間とは異なる親愛の情が生まれる。乙女にとってコーイチは弟のような存在だった。沙知はコーイチを慕っていた。二人とも、自分たちの感情を表現する言葉を持っていないだけだった。

〈つづく〉