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「日本昔話再生機構」ものがたり 第6話 乙女の闘い 7. 思いがけない助っ人

『ヘルプデスク・乙女の闘い/6. 打つ手なし?』からつづく〉

 「センセは、『セイレーン』のこと聞いたこと、おまへんか?」
入り口の方から、年配の男性の声がした。声の方に目を向けたスリナリ医師が
「育成部長!」
と叫んで、身を固くした。育成部長はスリナリ医師に黙って生体認証で入ってきたのだ。
「あんさんは、M1571、乙女はんやな。現役時代、えろぅ優秀なキャストやった。ヘルプデスクに回ってからも、機転が利き度胸があって、エエ仕事をしとる」
育成部長が目を細めて乙女を見た。

 スリナリ医師は身体を固くして育成部長をにらんだままだ。この2人は良好な関係にはないようだと思う程度には、乙女も人間関係に注意できる。
「センセ、えろぅ済まんことしました」
育成部長がスリナリ医師に頭を下げた。
「クローン・キャスト増員要望の件ですか? 口先だけ謝られても、けったくそ悪いです」
スリナリ医師が珍しく汚い言葉を使った。
「いいえ、そのことは、謝る振りやのぅて、心から済まない思ぅとります。ただ、そのことは後で話すとして、まずはミラ・ジョモレのことで謝らないかんのです。あのオンナにセンセを紹介したんは、わしなんです」
「えぇっ?」

 プロジェクト育成部長は、ミラ・ジョモレが彼に対してもクローン・キャストの労働環境を探っている労働基準監督官と名乗って接触してきたこと、クローン・キャストの労働環境改善につながるならと考えた部長が彼女への情報提供者になったことを語った。
「部長がクローン・キャストの労働環境改善を考えていらしたなんて、私にはとても信じられませんね」
スリナリ医師の口調に怒りと嫌味がこめられていることくらいは、乙女も気づいた。
「センセは、ミラ・ジョモレから『部長定例会議』の録音を聞かされたはずです。だから、ジョモレが本当に『機構』に探りを入れていると信じはった。あれは、わしが録音したんですわ」
スリナリ医師がはっとした表情になった。

「スリナリ先生、どうしてその録音のことを話してくださらなかったのですか。先生は、ミラ・ジョモレの『性的吸引力』に引っ掛けられたわけではありません」
乙女がスリナリ医師に微笑みかけると、スリナリ医師が顔を赤くしてうつむいた。そんなスリナリ医師に育成部長は怪訝な目を向けたが、すぐ乙女に向き直り
「『性的吸引力』が何を意味するかわからんけど、あの録音がセンセを騙す決め手になったんは、間違いない」
と言い切った。

「センセ、これで、わしの話を信じていただけましたか?」
「なぜ、私の増員要望をノラリクラリかわしてきたのですか? 協力してくださっても良かったのに」
スリナリ医師が非難するような口調で言っていることは、乙女にもわかる。
「センセには失礼な言い方になりますが、センセとわしの二人では、プロジェクト管理部長の壁を越えられません。センセは良心的やけど権力闘争には向いとらん。わしは定年を来年に控えた窓際部長。理事長に取り入りトントン拍子で出世してきた腹黒野心家のプロジェクト部長にはかないまへん。わしらのクビが飛ぶだけです」
「プロジェクト管理部長は、そんなに力があるのですか?」
と尋ねた乙女に答えたのは、スリナリ医師だった。
「管理部長に正面切って反対できる部長はいません」

「センセ、わしは何としても、この職を全うせなあきまへんのや」
「どういうことですか?」
「わしには、クローン・キャストのことを本気で考え、わしよりもずーぅっと実行力のある後継者がおるんです。その者には色んな新しいことを計画させとるんですが、そのことをプロジェクト管理部長に知られたら、その者が管理部長につぶされてしまいます」
「その後継者というのは、いったい、誰ですか?」
「クローン人間養育所の管理を担当しているクローン・キャスト育成副部長です」
「あ、彼女ですか」
スリナリ医師の目に光が宿った。
「なるほど、彼女は頼りになりそうだ。ですが、まだ部長就任年齢に達していないはずです」
「プロジェクト育成部長は特殊なポストでしてな。任期を全うした前任部長が次の部長を年齢に関係なく指名でき、それには理事長といえどもダメ出しでけへんのです。わしはあの子を次の育成部長にするため、任期途中でクビにされるわけにはいかへんのです」

「あのぅ」
乙女が、彼女にしては珍しく遠慮がちに口を挟んだ。
「機構の偉い方の間で色々難しいことがあるのは何となくわかりましたが、私は、育成部長がさっきおっしゃった『セイレーン』のことが、気になるのです」
「そやそや、お待たせしてもぅた。まずセンセにわしのことを信用してもらいたかったんで、前置きが長くなってもぅた。『セイレーン』言ぅんは」
育成部長は驚きの話を語り出した。

『ヘルプデスク・乙女の闘い/8. セイレーン』につづく