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「日本昔話再生機構」ものがたり 第1話 ヘルプデスクの多忙 11.謝 罪

 私の当直は終わった。
『鶴の恩返し』は薄氷の勝利だったが、それを呼び寄せたのは私ではなく、沙知だ。飛べないという想定外を乗り切れたのは、細胞再生力を失いかけた身体で迷わず山まで走った彼女の機転と精神力のおかげだ。

 一方、『花咲か爺さん』は、私の完全な失敗だった。ヘルプグローブの中では、私はハヤトの将来を考え「新人用緊急停止措置」を控えたつもりだった。
 だが、グローブから出て乙女先輩に批判され、私は気づいた。私が「新人用緊急停止措置」を控えたのは、「自分がハヤトの将来の禍の原因になるのだけは避けたい」という責任逃れだったのだ。

 「新人用緊急停止措置」をかけると、将来ハヤトの給与が同期より少なくなることは、ほぼ確実だった。だから、ハヤトには「昔話成立審査会」の判定が出るまで耐えさせよう。そう考えた私は、見通しが甘すぎ、無責任すぎた。そのときまでに、私は「昔話成立審査会」が機能していないことに気づいていたのだから。
 事実は、私が「審査会」の判定を待つよう指示したために、ハヤトの変身が解けてしまったのだ。変身解除は「新人用緊急停止措置」以上に新人クローン・キャストの将来に暗い影を投げるのに。

 私はスリナリ産業医の診察室に向かっていた。ヘルプデスク担当がスリナリ医師に直接会うことは「機構」の規則に反する。
 だが、私は、もうラムネリウム鉱山での強制労働を覚悟している。今さら、ためらう理由はない。
 私は、診察室でハヤトに会い、「君は何も悪くない」と言ってやりたかった。そして、沙知をねぎらいたかった。もうすぐ、この職場とはオサラバするのだ。最後にそのくらいしたって、いい。

 私は診察室のインターフォンの前に立ち、ストレートに用件を伝えた。
「スリナリ先生、ヘルプデスクの昼当直だったM1901、コーイチです。ハヤト君と沙知さんに会いに来ました」
「え? コーイチさん?」
驚いた声が返ってきた。
「ヘルプデスク担当がここに入ると処分の対象になりますよ」
スリナリ医師が落ち着いてなだめるような声で言った。
「それは、承知の上です。私は、今日の当直中にラムネリウム鉱山での強制労働に送られて当然のルール違反を犯しました。ここから立ち去る前に、自分が関わったた最後の仲間と会っておきたいのです」
画面の中からスリナリ医師が私をじっと見つめてきた。そして
「わかりました。お入りください」
と言った。「お入りください」……ラムネ星人から敬語を使われたのは、22年間のクローン・キャスト生活で、これが初めてだった。

 診察室で私を出迎えたスリナリ産業医は、メガネをかけ、穏やかで賢そうな顔をしていた。声からまだ若そうだと思っていたが、見た目も若く、ラムネ星人の年齢で30歳くらいだろうと私は思った。
 
 診察室の隅で椅子にかけていたM2105、ハヤトが立ち上がり駆け寄ってきた。非難されるのを覚悟していた私の耳に、思いがけない言葉が飛び込んできた。
「ボクが気を失ったんで大型貨物用の転移装置を送ってくれたんでしょうけど、そのことで、ボクら処分されないですか? 大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。我々は処分なんかされない。大型貨物用の転移装置を使うのはよくあることだ」
半分はウソ、半分は本当だった。大型貨物用の転移装置を使うのは規則違反だが、その件で処分されるのは私だけだ。

「『花咲か爺さん』の再生は残念な結果になってしまったが、ハヤト君は、何も悪くない」
「え? でも、『昔話成立審査会』の判定が出るまで持ちこたえられませんでしたよ」
 ここが説明の難しいところだ。「昔話成立審査会」がまともに機能していないなどと、軽々に口にするわけにいかない。とはいえ、ある程度は「審査会」にも責任を負わせないと事態を説明できない

「ハヤト君が着地した地域は町内会の縛りが多すぎて、『花咲か爺さん』を再生できる環境ではなかった。『再生審査会』には、もう少し丁寧に君が置かれている環境を見て欲しかったと、私は思っている」
「『再生審査会』があの環境をちゃんと見てたら『不成立判定』が出てたはずってことですか?」
「そうなったと思う」
私が答えると、ハヤトが口を尖らした。

結局、どっちみち不成立ってことじゃないですか。だったら、変身が解けてしまうまで頑張った自分を褒めることにします
私が思ってもみなかったポジティブな反応だったが、この件で落ち込まれるよりは、ずっとマシだと思った。
「そうだ。君はよく頑張った。素晴らしいクローン・キャストになること間違いなしだ」
「そぉですよね」
ハヤトの顔が輝く。

「そのために、先輩たちから《虎の巻》の使い方や信号の出し方をもっと教わるといいよ」
「先輩たち、ひとつの昔話から次の昔話へと休みなく働いてて、ボクら新人には全然かまってくれません」
「君の方から質問するといい」
「なんか、声かけにくい雰囲気ですけど」
「大丈夫。後輩から質問されて答えないクローン・キャストはいないよ」
根拠のない希望的観測を述べているのは、わかっていた。だが、私は、ハヤトが昔話再生の修羅場をくぐり抜けるのに必要な知識や技をもっと身に付けて欲しいと願わずにいられなかった。

新人の面倒を見れない先輩たち

【『第1話 ヘルプデスクの多忙 6. 追い詰められるハヤト』から引用】

 スリナリ産業医が
「沙知さん、まだ寝ていた方がいいですよ」
と言った。スリナリ産業医の視線の先に、青白い顔でやせこけた女性が危なげな足元で立っていた。M1878、沙知だった

『第1話 ヘルプデスクの多忙 12. 奇妙な依頼』につづく