不在への重みづけの試みとその素描【#006】
真夜中に目が覚める、眠ろうとしても眠れない。それは意味ありげだけど、もう何度も口にしたことがある。だから特別なことではない。それでもやってきた。意味ありげに。
眠りたいのに眠れないというのは、もどかしい。もどかしくてきもちがわるい。眠り直そうと目を閉じても、すごくすごく頭が冴えているのだ。
眠ろうとしているのに、眠れないというのは苦しい。眠りたくても、眠ることはとてもできそうにない。何度試してもできない。できなくて、苦しい。
眠れない時は無理に眠ろうとしない方がいい、という言葉を聞いたことがあるから、と布団をでる。こんな時は本を読んだり、スープを飲んだり、音楽を聞いたり、ストレッチをしたりするのもいい、と聞いたことがあるから、ひととおり試してみるけどどれもしっくりこない。
あきらめて体育座りをする。電気は点けないけど、窓から外の灯りが洩れてくるから、部屋はぼんやりとした明るさともったりした暗さで分けあっている。
ただぼおっとするのは難しい。何も考えないというのは困難だ。ただ座っていると、頭は勝手に動き出す。とても大きな力をもって動き出す。僕は考え事だってしたくないのに、どうしても止めることができない。
こんなときに溢れ出す思考は、たいてい面白くないし、明るくなくてやっかいだ。一度転がりはじめたら、だんだんと速度を増して、手がつけられなくなる。僕の頭の中でのことなのに、僕はそのハンドルを握ることができない。
それは黒い色をしている。黒いのは夜だからだろうか。部屋が暗いだからだろうか。僕の目が黒いからだろうか。とにかくそれは黒い色をしている。
しばらくすると、それは泡のように、煙のように僕の部屋を満たしていく。それは重たいから、床の方から天井の方へだんだんとあがっていく。
それはつめたくもあたたかくもない。すこしだけにおいがする。外に長い間放置しておいた、古いカータイヤのにおい。あまり好ましい匂いではない。それが腰の高さまでくると、腰は重たくなる。それが胸の高さになると、心臓が苦しくなる。それが喉の高さになると、すこし息が苦しくなる。
これが眠れない夜の苦しみ。これが僕の苦しみ。生きていることの苦しみ。死から遠く離れた苦しみ。この苦しみは僕をどうしたいのだろう。僕に何を求めているのだろう。あれはいやだよ。もう十分あれには苦しめられた。あの苦しみはもうたくさん味わった。もうあれは飲み込んだはずじゃないか。すごくまずかったし、うまくかみきれなかったし、苦労したけど飲み込んだじゃないか。どんな味だったかはもう忘れてしまったけど、とにかくそれはもう食べて消化したはずだ。だから、もう食べたくないよ。すごく嫌な思いを我慢したんだから。やめてくれよ。やめてよ。もうやだよ。すごく苦しかったんだ。
5階の部屋の窓からは都心のビルが見える。その航空障害灯が東京の夜の闇の中で赤い脈をうっている。音は聞こえない。ときどき車が夜を走る音がきこえるだけだ。
見えない魔法を投げてくれるはずのいかれた君が、どうしても僕にはイメージできない。本当に君はいるのだろうか。
そっと悲しみを夜に投げる。夜はそれを静かに受け止めて飲み込んだ。やさしくだきしめた。ほほえみを見た気がする。
僕は窓に身をのりだしてもっと夜に近づく。手を伸ばす。僕のことを受けとめてくれるだろうか。
Ver 1.0
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