女性の喫煙について
最近の傾向ではない。昭和も中ごろ位は女性でも結構な喫煙率であったがこれにはワケがあった。死んだ母方の祖母はそれは見事なたばこのくゆらせ方をしていた。その筋とかお水の商売をしていたわけではない。
母から聞いた話ではこれは戦争中の「配給」「食糧事情」と大きな関係があったそうである。
戦争中は食糧統制が行われており、基本的には配給で食べるものは手に入れていた。現物が支給されるわけではない。配給切符(チケット)がないと食料品が買えないのである。しかしよくしたもので身内に軍人、特に職業軍人がいれば、配給品は食糧とタバコである。タバコはある時点から貨幣と等価の価値を持つ物資へ変貌したのである。祖母の兄は陸軍士官であったがタバコを吸わない人であったから、祖母はお土産にタバコをもらっていたようである。これは配給切符や時には食糧そのものと交換された。それはまたうちに出入りする人によりタバコと再交換されることもあったようである。
しかしそのうちにタバコしか配給で手に入らなくなるくらい戦況が悪くなってくるとタバコに手を出すようになった、とのこと。空腹をタバコで紛らわしていたらしい。子供の母や叔母には自分の分の食べ物を与えてしまって食べるものがなくなってそれは加速した。ここで喫煙癖というかニコチン中毒になり、祖母は死ぬまでタバコがやめられなかった。
糖尿病で痴呆症になり、母の顔も判らなくなってもタバコはやめなかった、とのことである。母によれば貧しい時ほどタバコは売れるもの、と言っていた。