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脈絡のなさが納得の実を結ぶ

自分が好きな作品を、友人におすすめして、それを面白かったと言ってくれた時、思った以上によかったなーとおもう。うへへ、とおもう。何かが伝わったという感じがするからだとおもう。

このあいだ、六本木の21_21でやっているトランスレーションズ展に行ってきた。
その名の通り、翻訳をテーマにしていて、広義の翻訳という行為を通して、伝わるとかわかるとか、そういうことを考える展示だった。

はじめに、という挨拶のように、ディレクターのドミニク・チェンさんの翻訳にまつわるメッセージが、展示の最初に掲げられていた。
彼の著書の『未来をつくる言葉』には、その翻訳という言葉に至るまでのことが書かれていて、翻訳とはつまり自分の感情などを他者へ表現しようとするときの行為なのだということが書かれていた。

ある時から、言葉を吐くという何気ない些細なコミュニケーションのひとつひとつが翻訳行為なのだと思えるようになった。(中略)
ある人が任意の言葉で話している時、その人は自分の体験を通じて感じたことを相手の知っている言葉に「翻訳」して話している。同時に、その翻訳行為から常にこぼれ落ちる意味や情緒もある。その隙間をなんとか埋めようとする仕草に、翻訳する人に固有の面白さが現れる。
 わたしが学んでいた幾多の言語は、自分や他者の感覚を表現し、相互に伝えようとする「翻訳」の技法だった。

そして、展示に際して書かれた特別寄稿には「翻訳欲」という言葉が出てきている。

誰かに何かを話したい、伝えたいと強く思う時、わたしは自分の感覚を翻訳しようとしています。それには世間話のような、他愛のない会話も含まれるが、非常に強い「翻訳欲」に駆られる時もあります。わたしは、誰に頼まれるわけでもなく、一人で勝手に、徹夜をしてでも、あるテキストを別の言葉に翻訳したくなるのです。

わたしは、自分自身がとてつもなく面白いとか、楽しいと思ったことに対して強く「翻訳欲」を抱いている。だから、いまだかつてなく身を震わされたような作品に出会ったら、まずは誰かに言いたい。
でもそれは結構難しくて、特に子供の頃なんかは本を読むのが好きだったけれど、本を読むことは一人ですることなので、人と共有しながら感想を話す場が少なく、同じような本を読んでいる人とか、おすすめした本を読んでくれる人は滅多にいない。

面白さが伝わればいいのに、と思ったし、同じ本を読んだ人と話すときは共通言語がたっぷりと増えるので、1言えば10伝わるような、阿吽の呼吸の会話を繰り広げられるという喜びもあった。それがその気持ちに拍車をかけたとおもう。

もう一つ、悲しいのが自分の記憶力がありえないくらい悪いということ。あんなに楽しいと思ったのにな、とか、あんなに面白いと思ったのにな、もう時間が経ってしまったから全然説明できないということも多い。
だから、ああいうことを思ったとか、この本を読んでこんなことを考えたということを、記録としてつけることもあった。

今も、面白いと思う作品があったら、その面白さというものを白日の元に晒したい、ヴェールを引き剥がして、徹底的に何がいいのか説明をして、納得をさせたい、という「翻訳欲」はあるだろうなと思う。そういう「翻訳欲」があるから、もっと自分の文章を丸々と太らせ、もっと骨太に説得力のあるものにしたい、とおもう。

人を納得させるには、わかりやすく、わかりやすく、綺麗に整理し積み立てるという方法もあるのだけれど、欲を言えば、カオスな塊にぶん殴られて脳が揺れるような説得力を得たい。
たまに、伝わりやすさや話している内容に意味があるかを意識せずに、ただ話したいことを自分なりの脈絡で吹っかけ合いながら会話をすると、ものすごく楽しくて、いろいろな発見があるのだけれど、そういうめちゃくちゃな会話のような方法で文章が書きたいなと思う。

穂村弘が『どうして書くの?』という対談集で、情報の伝達を水の受け渡しに例えて、どんな人にも伝わりやすいような情報伝達と詩歌の表現方式を比較している。

「5W1Hを徹底しろ」とか「結論は先に言え」とか。そういう、すべてコップで届けろみたいな強制力って、会社なんかに入るとすごく強くなる。だれだって思いや感情がほんとは大事なのにと思いつつ、コップによる情報を強制され続けているうちに、口移しで運ぶとかスポンジで運ぶ感覚は弱まりますよ。だってそれやると怒られるもん。

この、口移しとかスポンジとか、そういう方法の方が面白いし、できるようになりたいと思うのだ。でも、穂村さんも言うように、会社にいると、脈絡のない行動や物言いは難しくなり、使わなければ力は弱っていく。だから、そういうコップ以外の方法を発揮する機会を増やしていく必要が、絶対的にある。

書くものの変化とか、コップを持った自分からギアを徐々に水鉄砲とかに変化させて、慣れさせていこうと思う。

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