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地球に出会う旅(大げさ)① ノルウエー&コペンハーゲン 飛行機編

その頃私はとても疲れていた。
職場でも家でも毎日パソコンの前に座っていたし、アイホンは手放せない。
電磁波に体も脳も冒されている上に、見に映る風景はコンクリートとアスファルトばかりで息苦しい。職場の人間関係は楽しいけれど、それなりに気を遣って時々煩わしくなる時もある。

ひとりでぼーっとしたい。
体に溜まったエレクトリックなものを放出したい。
というわけで思い立った旅行先はノルウェーである。

ノルウェーと言えば、フィヨルドと山岳鉄道。

山岳鉄道に乗って車窓に飛び込んでくる険しい山々やいくつもの大滝、小滝に感動する(はず)。
クルーズ船に乗って海に切り込むフィヨルドの絶景におののく(はず)。
今私の体と心が求めているのは地球が生み出した大自然だ。

よし、これだ! とばかりに申し込んだのはコペンハーゲン&ノルウェーのツアー。ノルウェー語も英語も話せないひとり旅の私は迷うことなく添乗員つきツアーだ。

ノルウェーといえばサーモン。
きっと新鮮な魚介類もおいしくいただけるであろう。
それから白夜もぜひ体験してみたい。
夏至の頃がいちばんだが、8月でもまだ遅くまで明るいらしい。
期待に胸はふくらむばかり。
私は今回の旅を「地球に会いに行く旅(大げさ)」と名付けた。

羽田空港からデンマークの首都コペンハーゲンまでは、スカンジナビア航空で13時間。(写真はたしかベルゲン空港。羽田空港ではありません)

13時間! ロシアの上空は飛行できないので、アラスカ周りでそのぐらいかかってしまう。
耐えられるのか、私。少々不安だが仕方ない。
ただでさえ一人部屋追加代金で予算オーバーなのにビジネスクラスなんて到底手が出ない。

せめて座席は通路側でお願いしたいが、リクエストはできなとのこと、しかも満席。
どきどきしながらチェックインをしてみると、通路側になっていたのでほっと胸をなでおろす。
しかし根が心配性の私、もしかして勘違いだったら困ると、念の為、その辺りにいたスタッフに「これ通路側ですよね」と確認してようやく本当に安心する。

座席は真ん中ブロックの通路側だったが、隣の二席は日本で言うところの中学生と小学校高学年くらいの外国少年ふたり。
家族で日本に遊びに来てデンマークへ帰るのか。
座席のモニターでゲームに興じている。

隣が空いているのがベターだが、それは贅沢というもの。
でかい体の男性でなかっただけラッキーだ。

しかもシャイなお年頃の少年たち。真ん中席の弟は、トイレに立つ際には兄の座席側から通路へ出て行くであろうから、いちいち立たなくて済むであろう。
と、そこまで考える。

さて、長いフライト、機内での楽しみは食事とアルコールくらいしかない。
スカンジナビア航空のシステムはユニークで、エコノミークラスの場合、最初の食事の際にドリンクを三本選ぶことになっている。それ以上は有料だ。
なお、コーヒー、紅茶、水は無料で時々、ポットを持った客室乗務員が周ってくる。

私は搭乗前からきちんと決めていた。
ソフトドリンクに興味はない。
ワインは小ボトルとのことなので、白ワイン2本と赤ワイン1本。
これだけあればご機嫌である。

ドリンクを積んだカートが通路をやってくる。
ちょっと太り気味の男性CAが、さながらラテンの陽気さで乗客に声をかけながらドリンクを配っている。

私の番がやってきた。
私は「ホワイトワインを2本とレッドを1本」と言うと、その陽気なCAはニコニコと一気に4本くらいドドドと私に手渡した。
その上、缶ビールまでくれようとした。ビールはノーサンキューと言うと「OH〜!」と笑いながら更に赤ワインのボトルをくれた。

結局私の手元には白ワインが4本、赤ワインが2本。

おひとりさま3本までじゃないのか?
ホテルで飲むワインができたからラッキーだけど。

そのラテンなCAは他の乗客にもガバガバ渡していた。
なんていい奴。

食事も済み、iPadにダウンロードしておいた海外ドラマの続きを見つつ、時間が過ぎるのを待つ。ひたすら待つ。
13時間は長い。まるで拷問だ。

4時間くらい経ったところですでに飽きてくる。
仮眠をとって目を覚ますとまだ6時間しか経っていない。愕然。
あと7時間この姿勢でがまんしなくてはならないのか。

狭い座席で体がキシキシいっている。
私の上半身の体重に耐えられなくなった太ももが悲鳴を上げ始めた。
座席に面した部分がじんじん痺れてくる。
このところのぐーたらな生活のせいで少々太ったとはいえ、あまりに軟弱。

立ったりストレッチしたり枕をはさんだり、あれやこれやの手で自分の太ももをなんとかなだめすかして、時間の過ぎるのを待つ。
時計を見ても20分ずつしか進まない。
時計を見るたびにため息がでる。

そういえば昔ANAの国際線にモニターでCAが案内してくれる機内ストレッチがあった。
初めはバカにしていたが、ふと気が向いて同行の友達三人でやってみた。
すると意外や意外、体がとても楽になったのである。
ストレッチをあなどってはいけないと悟った瞬間であった。

隣では少年たちが眠ることもなく元気にモニターのゲームに夢中だ。
体力気力が無限でうらやましい。うらやましいが、熱中しすぎて画面を指でひゅっひゅっと秒速でスライドさせるたびに、少年の肘が領空侵犯してくる。
地味に煩わしい。

到着まであと3時間となったときには、ようやく救われた気がした。
これは帰省のときの東京ー新青森の新幹線での移動時間だ。
なんとか耐えられる。

そしてついに長い長い飛行時間を経て、初デンマーク、コペンハーゲンの空港に降り立ったわけであるが、異国の地に到着した喜びよりも、狭い座席から開放された喜びの方が大きかったのはいうまでもない。

ここからが旅の本番なのにすでに目的を終えたような気がする。
もう家に帰ったっていい。
しかし帰りには再び同じ苦行が待っているかと思うと、旅を楽しむしかないと腹をくくるのであった。

つづく。


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