「箱」と外向き思考(その22) ラグビー日本代表
よりよい人間関係を築くとともに、組織やチームの成果を高めることができる考え方である「『箱』と外向き思考」について書いています。
今回はちょっと解説をお休みして、あるチームが内向きから外向きに変わったエピソードを紹介してみます。
そのチームとは、そうです、ラグビー日本代表です。
ラグビーワールドカップ2019が日本で開催され、日本代表チームが大躍進して決勝トーナメント(ベスト8)に進んだことはみなさんの記憶にも新しいと思います。格上のアイルランドとスコットランドを撃破し、ロシアとサモアにも勝って全勝で決勝トーナメントに進んだということは、日本ラグビー界にとって本当に大きな一歩でした。
しかし、この快挙は、その前回大会での成果とそこに至る歩みがあってのものでした。
前回大会は2015年、イングランドで開催されました。
その大会の初戦で、日本代表は格上も格上の南アフリカを相手に後半ラストプレーで逆転トライを挙げて勝利しました。この試合は開催地名にちなんで「ブライトンの奇跡」と言われています。
ラグビーはもともと番狂わせが起こりにくいスポーツで、地力の違いがそのままスコアに表れます。過去7回の大会でわずか1勝しかしたことがなくて全大会予選敗退という日本が、出場した全ての大会で決勝トーナメントに進出して通算2回優勝している南アフリカに勝ったのですから、まさに奇跡です。ラグビーを超えて、「スポーツ史上最大の番狂わせ」と伝えるメディアもありました。
南アフリカのチーム関係者は、まさか日本に負けるとは予想もしていなかったでしょう。接戦になることすらなく、大差で勝つと想定していたと思います。
それに対して日本は、南アフリカに勝つことを目標に周到な準備を重ね、この日に備えてきました。外から見ればたしかに「奇跡」なのですが、当事者たちからすると「必然」だったのです。
その過程を、「箱」と「外向き思考」の観点から見てみたいと思います。
まずは、チームを率いたエディー・ジョーンズ氏についてです。
オーストラリア出身で同国の代表チームのヘッドコーチ(HC)を務めたこともある同氏が日本代表のHCに就任したのは2011年末のことでした。
当時の日本代表は世界とのレベルが開きすぎていて、すっかり「負け癖」がついてしまっていました。ワールドカップで決勝トーナメント出場(ベスト8)などは夢のまた夢。予選プールでせいぜい1勝か2勝できれば御の字というムードが漂っていました。
そんなチームを率いることになったエディー・ジョーンズHCは、就任早々に「ワールドカップ2015でベスト8に入る」ということを目標に掲げ、それに向けての準備を始めました。
彼は、チームのメンバーに対して、徹底した「統制型のマネジメント」を行いました。厳しい練習を課し、ルールで縛り、きつい言葉で檄を飛ばし、少しでも手を抜く選手がいればチームから追放し、まるで鬼のような指導を行ったのです。
本来、ラグビーは自主性を重んじるスポーツです。野球やサッカーとは異なり、試合中に監督がピッチサイドに立つことはありません。監督は観客席で見守るだけで、試合中の判断はキャプテンを中心に選手たちがピッチ上で行います。また、プレーの選択肢が無数にある中で、瞬間瞬間で判断しながら15人の選手たちが連動して動く必要があるため、自主的なコミュニケーションや判断が求められるのです。ですから、そうした力を養うためにも日頃から自主的・主体的な練習や生活を行うことが望ましく、エディー・ジョーンズHCが行った「統制型のマネジメント」は、国を代表するチームに対して行うようなものではないのです。
しかし、彼は敢えてそれを行いました。なぜなら、当時の日本代表チームを本気で勝利を目指すチームに変えるために必要なステップだと思ったからです。未熟だった選手たちの意識を変え、「負け癖」から脱却し、世界との力の差を埋め、トップレベルのチームに勝つためには、どの国の代表チームよりも厳しい練習を行う必要があると判断したから、敢えて「鬼」になったのでした。
さて、この時のエディー・ジョーンズHCのマインドセットは、「外向き」だったのか「内向き」だったのか、どちらでしょうか?
本稿の「その4」で書いたとおり、行動にはハードな行動とソフトな行動があります。同じハードな行動であっても、内向きのマインドセットで行うこともできれば、外向きのマインドセットで行うこともできます。
問題は、相手を「人」として見ているか、それとも「物」として見ているかです。
エディー・ジョーンズHCはハードな対応を選択しましたが、それは選手たちの可能性を信じて、チーム全体の目標のために行ったことなので、外向きのマインドセットだったと言うことができます。
もし選手たちを「物」として見ていたら、彼らの心の機微に触れるようなことはなかったでしょう。しかし、彼は一人ひとりのことをよく観察し、それぞれの性格に合った声かけを行い、選手のやる気を引き出し、殻を破らせ、一段高いレベルへの成長を促しました。
これは、取りも直さず彼が選手たちを「人」として見ていたことの証です。
おそらく彼の中には、「自分が周りからどう見られるか」とか「自分はよきHCでなければならない」という内向きな思いはなかったのだと思います。ひたすらにチームの目標と成果に意識を向け、どうしたらそれを達成できるかだけを考えていたのでしょう。
彼のそのような外向きのマインドセットでの指導が、やがて選手たちの心を変え、選手たちを成長させ、「ブライトンの奇跡」につながったのです。
では、当の選手たちのマインドセットはどうだったのか?
どのように変わっていったのか?
その点については、次回、改めて紹介いたします。
どうぞお楽しみに!
株式会社F&Lアソシエイツ
代表取締役 大竹哲郎
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「『箱』と外向き思考」は、アメリカの Arbinger Institute という機関が生み出した考え方で、今では世界中の国で、自己啓発や組織開発に用いられています。日本では、福岡に本社を構えているアービンジャー・インスティチュート・ジャパン株式会社が日本の総代理店としてセミナーやコンサルティングを提供しています。
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