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8月12日13日 Atlantis

それは未来では沈み海底都市と呼ばれるATLANTISが、栄えていた時間。
祝典だから遊びにおいでよと誘われるがままに、夏の暑さか、彼らへの愛情に身を焦がした二日間のお話。

それは神殿だった。

【ANTENNA】
こんなにもワクワクするイントロがあっていいのだろうか。もう現世では巡り会えない海底都市、モールス信号が受信出来た人間だけが導かれる祝典始まりの曲。
Boys and Girls とお呼びがかかる。

きらめいた衣装、メイク、風に撫でられる髪、全てが美しかった。彼らの喜び、高揚が溢れた笑みで始まることがとても嬉しかった。

今を愛するため、古傷もあの過去も抱き締めて「どこまでも行ける」と10周年のその先へ共に行こうと手を伸ばしてくれるこの曲が、大好きだ。


【Speaking】
彼らを祝う日であるはずなのに、僕たちを見て、よりも「あなた達を聞かせて」と先に歌う人たちだった。
「大丈夫 話してよ」「最高の日にしよう」と揃うクラップ、一体感。


【サママ・フェスティバル!】
ほらこれを待ってたんだろ?と言わんばかりのしてやったりの表情、それでいて懐かしむように細めた眼、こちらは歓喜で泣いている人も多くて、それを愛おしく見渡す三人がとても印象的だった。
皆サママを待ってたよ。私は待ってたよ。こんなにも私たちの声に耳を傾け体を揺らすアーティストが居るだろうか。

「今年もあっ」

「「という間に終わっちゃう!」」

「あっ」の顔可愛かったな。

初めての夏に
サママが来てくれて
とても嬉しかった。


【アンラブレス】
パンチラインの曲に対しライトスティック振りながら頭を振る時の心境、やや悔しい。踊らされてる。
「ほら今流行りのアイブロウ」とその綺麗な顔を撫でたり、見蕩れるボーカルスタイル。
初期のミセスにあるような棘が、音楽家大森元貴の中から消えていないことがとても良く感じられるアンラブレス。すごく好き。まるくなる、やさしいだけ、とんでもない。


【アボイドノート】
「悪者はどこにも居ないだろう」と、鮮明に聴こえた。チクリと、胸が痛い。ここ数ヶ月の様々な出来事、彼らの発言が脳裏をよぎる。
周年の年でありながら賛否どちらも浴びた彼らが言うのだ、「悪者はどこにも居ない」と。


【Love me , Love you】
祝典、愛、と来たらこの曲。
アナタに恋をするし、私に恋をすると歌われては頷く。ドームに反響する声たちは、訪れた人数よりも多く来れなかった人の愛まで彼らに届けるようだったと思う。
「愛の答え」、それが目の前にあるのならば、それは Mrs. GREEN APPLE そのものだ。

【umbrella】
2017ver.であることが、とても嬉しかった。10周年を記念する日に、夏の雨を想うこの曲が選ばれていて、嬉しかった。イントロで胸を鷲掴みにされる。あなたに傘を、と歌っているのにもう会えないのではないかと思うほどに儚い。神殿だったそこは、祈るようにステンドグラスが広がる。
二日目陽が落ちたそこは教会のようで、会場を包む雨音がやさしかった。


【Soranji】
それは私が求めた アーティスト Mrs. GREEN APPLE が答えを見せてくれた瞬間だった。
Soranjiという曲が世代を問わず、ミセスを知っているかどうかさえ越えて愛されるからこそ、皆が大切にしているこの曲。
静かに聴いて欲しい、騒いだ曲間からSoranjiが始まるのでは雰囲気が台無し。そんな言葉が多く飛び交ったこのタイミングでどう歌うのだろうかと思うよりも先のこと。

大森元貴の、呼吸。
ひとつ、息を吸う。
それだけで世界は静まり、その場を制すのは
Mrs. GREEN APPLE だけ。

これでいい。これがいい。
有象無象の声など黙らせてしまえばいい、聴いて欲しいならば聴かせに来るアーティスト。

信じていればいい。

「貴方に会いたくて生まれてきたんだよ」と、彼らは私に思ってくれるだろうか。
私が思うことは、届くだろうか。
私は貴方に会いたかった。
貴方を認識した時の、やっと会えたと心が震えた感覚を忘れられない。

次の11月9日、Soranjiはリリースから一年を迎える。彼の心は今もきゅっとするだろうか。

飽きちゃう、と歌唱する度変わるアレンジを語る彼が、原曲そのままに歌い上げるSoranji。
そのコーラス、声色に詰められた彼の気持ち、受け取る私の気持ちで、やるせなく寂しくも、産まれ来る喜びにも変わるこの曲を、生涯愛すのでしょう。


しかしSoranjiの後にMCが来る展開は少し驚きだったというか、このMCで幾度と無く縦眉毛元貴を披露するとは思わず。ごめんなさいね縦眉毛に黄色い声を上げて。モニターに映る大きな縦眉毛元貴。肉眼にして近過ぎる縦眉毛元貴。
あっぶねえ、乗っ取られる、じゃないんですよ。
もう取り憑かれてますよそれ。

「アアアアアオトナトゥ!!!!!」
サママと青と夏が共存する日、嬉しい。ノアの時は夏のはじまりを感じたのに、8月も半ばになると終わる哀愁が増してくるように思う。
私の赤い糸は、ずっとMrs. GREEN APPLEへ伸びていて欲しい。

時にモニターに映る大森元貴が鏡合わせになる時、私は昔の大森元貴と今の大森元貴を見ているようで、少し切なかったり。
ところで私はご本人を前に歌詞が正常に出てくるほど冷静では無いので青と夏の時はひどいもので「ヮ〜〜〜〜〜〜〜〜😃♪」になってしまうことが多いですが皆さんはどうでしょう。

【ロマンチシズム】
りょうちゃんがガオガオしていて強烈な可愛さを放った。否、ずっと綺麗だった。綺麗だなあと思ってみていたのに急にそれは始まった。
Lovemeとロマンチが同じ日に居ることも嬉しい要素の一つである。こんなにもはっきりと「恋」「愛」を高らかに歌うものがミセスを象徴するのだと思うと、うれしくてたまらない。


「美しい景色と共に」
【フロリジナル】
纏う香りを確かめるように手首を顔に寄せる仕草は、祈るようだった。対になり踊る二人をずっと見つめていた。初めてだった、大森元貴よりも、Mrs. GREEN APPLEよりも、ただそばに居たダンサーさんを見ていた。
寂しさは、愛する人と共に過ごせば癒えるようなものでは無い。寂しさを抱き締め合い、背中を合わせ、時に委ね、そうして生きること、そこにあるのはあたたかい寂しさだった。
ここは、心のどこかに寂しさを抱えた人が集まり、無数の光となり、ミセスを照らしていた。
フロリジナルを聴く度、寂しくてたまらない、地に根を張り身動きが取れなくなるような感覚があった。でもこの日は違う、それが体温で溶けるように、花開くようだった。


そして 【BFF】、
何故やるのだろうと思った。
二人に向けて書いたならば、披露せずとも良かったと思う。音源として渡されただけで、三人だけが知る演奏のあたたかさがあっていいと。
ただこれは、私には
三人が顔を見合せながら奏でながら、三人だけの空間だと思わせながら、三人に囲われているような気分だった。

モニターに映る、ひとりひとりの表情。
お互いを見つめていてこちらには目が合わない。
ライトスティックの光が消え、私たちなど居ないように思う。
ただその音のあたたかさ、「あいしてる」と繰り返すような飾らない歌声。
家族団欒のその中心に抱えられた子どものような気持ちだった、このひとたちが愛し合っていることはわかる。それを微睡みながら耳にしている時の、少し恥ずかしくて擽ったいような。


それを含め演出だったのか、
本当にそうだったのか
【僕のこと】
独り言を聞くかのように、ぽつりぽつり始まる僕のこと。彼が、彼らが、自分たちの話をする。
彼の言葉が取り零されないよう弾かれるピアノと、寄り添うギターの音が、今まで聴いてきたそのいつよりも、等身大で、とても美しかった。
芽が膨らみ桜が開く映像がとても綺麗だった。
本当にこの人の声は、生き物だ。
人が口から発しているのではなく、声が生きている。圧倒されるのにあまりにも身近で、遠く離れていても、友達と肩を並べて話しているかのように近い。
彼らが、三人それぞれの「僕」を生きていく。


【私は最強】
フェーズ2始まりの汽笛となったと理解すればするほど愛おしくなる曲。
「私は最強」と3人で声を揃えることで、どれだけ奮い立たせたのだろう。
この曲を聴く度、復帰から再開された船旅に、より多くの人が集まり皆で最強になれる気がする。

そして沈む、一人の人の寂しさの辿り着く海底。
全ての生物その始まり、生命と性の始まる場所へと共に沈む。引き摺り込まれるしか術がない。


【Loneliness】
ノアに選ばれた時も驚いたけど10周年で選ばれても驚く。人の中に必ずある「孤独」、孤独が生む、人を欲する情、触れ合うことで癒され時に増し孤独に戻る。生まれてきた意味も、生みたい愛も、離れても感じるあたたかさも、触れ合って覚える寂しさも、人と向き合った時に覚束なくなる自分の正体。
何者かわからない、君と違う人でさえ無いかもしれない、繋がり合うことでしか束の間の安心を手に入れられない。愛されたい、愛したい。その波に溺れるようで、どろどろと注ぎ込まれて犯されるようで、たまらない。ずっと苛まれるのだと思う、孤独とは、私は私と離れられないのだから。


【絶世生物】
光刺す緑、
「あゝ」
私「ぁあ゙ああ゙!?!?」

絶世生物、大森元貴。
もうこの世に二度と生まれ来ない。

本来それは、誰しもがそうだけれど
貴方にはもう会えないと、どこかでわかってしまったような気がする。

生き物が始まった海底に響き渡る切り裂く歌声は忘れられないほどに凄まじい。
この人から生命が始まったのかと思えるくらい水は操られ光を放つ。孤高のステージ。

彼の願う「奇跡と呼べる日」は
訪れるのだろうか。


【ダンスホール】
もしかして4月からずっと私ミセスに会う度この曲を聴いているのではないでしょうか。
何度聴いても「君」の為であり過ぎる「僕」を愛して愛して同じダンスホールへ連れて行きたくなる。
ひろぱとじゃれながら、素のただ笑っちゃってるお顔が見られたり、そのままりょつの方へ寄ってにこにこしているのもとてもかわいい。笑顔が似合うね、私の太陽。いや、月でもあるんだけどなあ。


【Magic】
もう夏のアンセムというかライブアンセム、ケセラセラとMagicが傍にあると思うととても気持ちが穏やかになれる。
🪄だからなのか恒例のように色違い大森元貴がモニターに出てきてしまうところ、楽しくて好き。
でもね、Magicの間奏で縦眉毛するとは思わないじゃん。膝から崩れ落ちたよ私は。


【我逢人】
そうか、鳴らすのか。と唸った。
すごく彼らが誇らしそうだった。
ギタリスト若井滉斗が、それはとても眩しくて格好良くて、声を上げずにはいられなかった。
これまで出会った人、今日出会った人、この先出会う人へ、我逢人。

【庶幾の唄】
藤澤涼架の器となる音、ピアノが私は好きだ。
ただフルートも同じくらい好きだ。
何故フルートを奏でながら走れるのかは分からない。ただそこには溢れんばかりの多幸感があって、誰しもがきっと幸せだった。
奏者、藤澤涼架。あまりにもうつくしく、妖精のように微笑みながら、高らかに響く音色が心地よい。
ひろぱがそう送り出されるように、会場を走り回り皆の笑顔を抱き留めながら庶幾の唄を鳴らすりょうちゃんはとても素敵だった。

【ケセラセラ】
辿り着く場所へ、ケセラセラ。
なるようになると歌えるようになったMrs. GREEN APPLE、それでも僕だけがそう思うのは寂しいと言う大森元貴へ。
何万人という、
一人一人の声をぎゅっと集めたケセラセラ。


二日間を通して印象的だったことは
初日のMCで藤澤涼架の発した「忘れないで」という言葉。りょうちゃんの言葉はいつも柔らかくて優しくて、「覚えていてね」「忘れないよ」ならしっくり来たように思える。「忘れないで」と、私たちに向けた。忘れない。忘れられるわけが無い。あなた達の努力の結晶を、積み重ねた日々を祝うこの日をどう忘れようか。忘れないよ、藤澤チャン涼架も、藤澤チャンス涼架も、髪色も、女神様みたいな美しさも、忘れないよ。会場を見渡す度、誰よりも瞳をきらきらさせてくれるりょうちゃんを忘れない。
10周年なのに格好付けられず「やだ!もっと格好良いのしたい!」と自分で蒔いた種に駄々っ子発動の大森元貴も、じゃがいも送って貰ったり(嘘)ギターを手にしても踊れちゃう若井滉斗も忘れない。

両日共に縦眉毛はお気に入りだったようで、きっと記念すべきライブであって、たくさんの人が今後見返すだろうにと思いながらそこに刻まれる縦眉毛はもはや愛らしい。もうそのアクスタ出しなよ。ステッカーでもいいよ。悪霊退散しそうだよ。

そしてまたいつも聴く曲が表情を変えるような、新鮮であり、思い望んでいたものでもあった。
結局のところとても壮大なものを作り上げるけれどそこに調子に乗るわけでも格好付ける訳でも無く、いつも通り愛らしく美しくあたたかい彼らがいるだけだった。
それがとてもうれしい。

2日間、行動を共にしてくれた皆さん。
会ってくれた皆さん。
ありがとうございました。
またどこかで、お会いするでしょう。

いつもこの長いnoteを読んでくれている皆さん、お気付きでしょう。4月からアウトプットする量が凄まじく、思うように言葉が出ていません。
なのでこの書き方はここで終えます。
私の感じたこと、書き残したいことにもっと焦点を合わせて、なるべく濃く、書きたい。
私は共感を求めていないし、分かってくれと言っているわけでもなく、ここに私が居たことを、知っていて欲しい、覚えていて欲しいだけです。



おやすみなさい。
巡り巡る季節、人生において、
私を見ていてくれる人がいますように。
彼らに辿り着きますように。

今日もだいすき、
Mrs. GREEN APPLE

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