パレットと約束


絵を描く大好きな人が、「パレットをずっと洗っていない」と言っていたことを覚えている。その人の水彩画がとても好きで、…という話は長くなってしまうのでやめよう。冒頭にこの早さで本題に戻れるくらいに、流石に文章力も上がってきたのだろうか。

そんなわけ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。

私は仕事でもSNSでも年上の方と関わる機会が少ない。中間層であるか、年下をまとめる立場が多い。まあ27歳にもなればそうか、という話だけども今回は。

梅雨入りを控えた6月1日、私が最年少だった夜の話。

「覚えていて欲しい」「忘れないで」それが私の対人関係における唯一の願いである。記憶に残るためなら嫌われようが構わないしそんなことはどうでもいい。形あるものが無くなるのならば、記憶という形ない状態で私が生きた事実を守り続けて欲しい。あなたが忘れて私が殺される。そういうものであって欲しい。あなたが忘れずに居てくれたら私はあなたの心の中で生き続ける。ハッピーエンドとはそういうものだ。そういうものであってほしい。

そんなことを考えて生きていると、話していた。
そんなことを、乾杯から1時間もせず初対面のお姉さんに話していた。この日のメンバーは、昔むかしTwitterで知り合った年上の(仮名︰雨さん)と、その恋人であるさらに年上の(仮名︰鯨さん)と私という初めての顔合わせの日だった。

私の願いは生きているうちに幸せになることを諦めた、とも言えるし 身体の死後に委ねている、好きな人々の手にかかっている とも言える。

この辺りまで話した時点で多くの人は「気難しいね」と「頭良さそう」より一歩距離を置いた別れ台詞を残していく。私の心はいつもオープンだから、その人が踏み込んでこないのならそれまでで、引き込むほどの術を持ち合わせない私はその奥で後ろ姿をただ眺めている。いつもそう、汚いところまで開いているから人は立ち寄らない。段階を踏んで仲良くなりたい人間の前で反復横跳びをしているようなもので、どう考えても自業自得。しかし傷は浅く済むこの生き方に慣れてしまってもう変える気もない。さあこの人たちはどうだろうか、と肩を並べて座る年上のふたりを見つめると何とも真面目な顔をしていた。「重たいですよねアハハ」と誤魔化した私に雨さんは「それはこちらが決めること、あなたが重たかったことなんて無い」と言った。出会った頃から好きだけれど、良い人に出会えたんだなあと笑いながら、嬉しい言葉に心は竦む。舞い上がりたくない、悲しくなりたくない。
その隣で鯨さんはこんな話をした。

「人との出会いとかってパレットだと思っていて」

「あなたが赤で、私が青だとする」

「出会って、言葉を交わして、交わさなかったとしても」

「赤と青が僅かでも擦れて生まれた紫が、消えることは無い」

「その紫がまた誰かの色と 触れて 重なって 混じって そうやって人生は続くけれど 紫が生まれた事実は消えない」

「脳は忘れてしまうかもしれない、けれどもう出会わなかったことにはできない。事実として残っていく。」

私はどんな顔で聞いていたんだろう。
なんて言葉を返したんだろう。



その後雨さんが大学に通い直す話や、ふたりのパートナーシップの話、同棲していた話など全て事後報告を聞いていた。お互いに好きであることは確かなのにイマイチ踏み込まない私たちはお互いのことを知らないまま生きていて、そんなところがまた好きで、目の前にある幸せのかたちはありふれた奇跡だった。

何の話をしていたのだろう、次はおうちに遊びに来てねだとかそんな話をしていたような気がする。次の約束、明日の予定、わたしを生かすその曲をなぞるように私はそれに甘えている。
この一年で沢山の約束をしたなあと思う。約束と銘打ってないけれど希望的に含めるのだとしたら「宿泊先にホームベーカリーを持ち込んで朝ごはんをパンにしよう」という話も入ってくる。くだらない約束、笑ってしまう約束。
鯨さん曰く、期日の無い約束は特に大切にした方が良いらしい。「春になったら、」「夏が来たら、」とふんわりとした約束は、その年に叶わずとも

「取り返すことが出来る」と、彼女は言った。
「約束は、取り返せるよ」と。
それは初めての感覚だった。
「叶えるもの」「遂げるもの」である言葉に対して「取り返せる」。

ちなみに私は約束を守らない。
「もうしないで」などと言う制限付きのお叱りの約束などはすぐ破る。「次の春は、」なんて話も相手がその時と同じ気持ちじゃないことを察したらもう絶対に守れない。人の気持ちが変わることにいつまでも慣れなくて、守れない約束ばかりが増えて、伴わない行動を裏切りだと捉えて嫌うくらいならば約束など忘れてしまった方が良い。

そんなどこかの季節に置き去りにした約束を、叶えたかった私を、取り返しに行けると彼女は言う。
約束とはそういうものだと。

なのでお家に遊びに行く時は美味しい日本酒を持って行くと約束した。

いつか、この約束が叶わずこの日に取り残されてしまったとしても取りに戻ってこれるように。
ここに記す。



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