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話すのが下手。

言葉の使い方というものは大きく4つに分かれるといわれています。
それは”読み、書き、話し、聞く”ということです。


そのなかで、僕は読みに関しては一応、楽しんでできるようにはなっていると思う。一応だけど。ここに関してはまた、別の機会にでも。

書きではどうだろうか。最近は少しづつこの文章を作る、練り上げるというものについても何とかくらいつけるようにはなってきていると思っている。これもまた、自分の感想だからどうもあっているかわからないんだけれども。

聞くということは、得意ではない。悩みを聞いたり、友達の話を聞くこと自体はできる。しかし、聞いてそれをどう活かすかといった点、そこで疑問点を抽出していく点ではてんで出来ない人間だ。こういうのはマルチタスク的な部分だと考えていて、自分が苦手としている領域なんだろうなと考えている。


話すこと。これも言ってしまえばマルチタスクである。
自分の考え、話したいことをしゃべりながら自分の頭のの中で構築していくことだから。書く時よりももっと速度が速くなって自分のCPUの処理が追い付かなくなってしまう。
哲学者の西田幾多郎さんが弟子に「論文の優れている人と講演の優れている人、どちらが本当に優れているのか」と聞かれた際、うまい講演ができる人が優れていると応えたエピソードがある。
論文は頭をうんうんうならせ、悩み続けることが出来る。しかし、講演ではデッドラインがある。無言で突っ立っているわけにもいかないから。質問を受けた際にどのように応えていくのか。そういった点に優れている部分が出てくるのかもしれないと考えている。


では、この話すというものはどうやってうまくなるのか。はっきり言って場数でしょうね。それだけでしょう。それが出来ていなかったから自分にこういう問題が起きているのですから。
それ以外では、書くということにも話すの要素が含まれていると思うのです。面白い本を作れる人が話が上手い人が多いのもそういったものがあるのでしょう。自分の頭の中で要素を抽出していって、一つの文の形にしていく。これは書くことでも話すことでも同じですから。


だから、まず書くことを続ける。そのときになるべく楽しく書いて、楽しく読み返せるような文章を意識していく。
そして、自分なりに話す機会を作っていく。これはちょっとづつやっていこう。
話のうまい人のやり方を自分なりに模倣する。これは、単純なハウツーだけじゃなくて、何人かの共通点を見つけることで基軸となる部分が見えてくる可能性があるから。
そういったことをやっていこう。まだまだ道は長い。ゆっくりでもいいから進んでいこう。

あってるかわかんないけど。

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