「安心社会」から離れ「信頼社会」で生きていくには
定年後に再雇用されたり独立して仕事を続けようとしても、思わぬ障害に出会い引退に追い込まれる原因の多くが、外的要因ではなく自分の持つ内的要因(それまでの所属大企業で成立する「安全社会」を前提とした思い込み)にあることが多いと書いた。
だとしたら、そことは違う社会で生きていく覚悟を決めなければならない。その行く先は、「信頼社会」である。
でも、信頼社会とはどのようなもので、どうすれば問題なくそこへ移行できるのだろう?
信頼社会とは
安全社会とは、日本のような同質の文化と共通の世界観・行動ルールを基にした閉鎖的な集団社会である。
一方、信頼社会とはアメリカのような多様な背景を持つ人々から構成される社会で、意識的に他者を信頼し合い協力関係を構築することが求められる開放的な社会である。ここで、重要なのは「意識的に他者を信頼し合い」という言葉である。
なぜなら、自分も信頼されることが大事になるからである。
定年になって慣れ親しんだ会社を離れるときは、独立する場合はもちろん(同じ会社でない限り)再雇用される場合でも、それまでの集団とは主義の異なった社会に入っていくことになる。
この時に「集団主義と信頼は両立しない」ことが理解できないから、定年後の新しい仕事社会に溶け込めないのである。集団主義では、信頼する対象は「社会」(集団)であり、「個人」を信頼する必要はないのである。
要するに、安全社会で培ってきたスキルは信頼社会では役に立たないので、学び直しが必要となるのである。
信頼社会での生き方の学びと既存の定年本の問題
信頼社会では、まず何よりも見知らぬ他人を信頼する方法を学ばねばならない。
(正確にいうと、はじめて会った人でも信頼できるかどうかを感知する「人間感知能力」を磨く。これに対し、安心社会では自分が所属している社会で誰が最も力を持っているか、誰と誰の仲が良いか、誰と付き合うことが最も安心をもたらしてくれるか、などを感知する「人間関係感知能力」が求められる。)
そして、そこで得た知識をもとに、自らが他人に信頼される方法も身につけなければ、生きていけない。
ところで、既存の定年本に書いてある「定年後の仕事の身につけ方の方法論」をまとめると、次のようになる。
定年引退という事象に危機意識を持つ
定年後に備え準備をする
意識改革する
キャリアを設計する
マネタイズの方法を知る
しかし、これらは安心社会をも含めたどこの社会でも通用する事柄ばかりである。間違ってはいないが、それらを身に付けたからと言って信頼社会で生きていける保証はない。
これは日本社会の教育に共通する欠点である。
明治維新以降、さらに第二次大戦の敗戦で、経済的に後進国だった日本は、先進国に追いつくための知識の補充を重点的に教育する体制をとってきた。その知識をどう使うかは、先進国の事例を見れば自明だったので、それ以上の国家的教育は不要とされたのである。
しかし、定年後の生き方は各人各様であり、先達はいない。そのような時の学びは、学校教室で受け身で習うのではなく、もっと主体的である必要がある。
定年というキャリアショックでの主体的な学び
慶應大学の高橋俊介教授は、1990年後半の大手企業の団塊世代への大量退職勧奨を受けて、それまで各人が積み上げてきたキャリアやその将来像が予期しない状況変化を受けて短期間のうちに崩壊する事態を表現するのに「キャリアショック」という概念を提唱されている。
高橋教授は、最近の本(「キャリアをつくる独学力」)の中で、これらの急激な変化に振り回されずに、むしろ変化を活用して働きがいややりがいを高め、自律的なキャリア形成をおこなっていくためには、「学びの主体性」が重要になると述べられている。
この本は若い人向けに書かれているが、定年というのも(ある程度は予測できるものの)会社から迫られた「キャリアショック」だと言えよう。その観点から、定年を迎え新たな生きがいを見出していこうとしている人たちにも、学びの主体性は非常に重要な概念となるのである。
変化する社会の中で新しい環境に適応しようとするのなら、主体的学びが必要である。そして、主体的な学びを開始するにあたっては、次の3つの問いに答えられることが必要なのである。
Why: なぜ今、学びが必要なのか。学びの目的は、何か
What: 目的を果たすために、何を学ぶ必要があるのか
How: 学びの内容を、どうやって身に付けていけば良いのか
青臭く聞こえるかもしれないが、この問いへの答えができないのなら、自ら積極的に学ぶ主体性がまだ確立されていない受け身の状態なのである。受け身の状態では、習ったことを応用・実行することはできない。
信頼社会での生き方を、主体的に学ぶ
定年後に仕事をし続けようとする文脈でこれらの問いに答えると、その答えは概ね次のようなものになるであろう。
Why: 定年後の社会に適応して仕事を続けていける方法を学ぶ必要がある
What: そのために、安心社会ではなく信頼社会で仕事をしていくスキルや思考習慣、自分ならではの提供価値の見つけ方、などを学ぶ
How: このような今までに考えたことがないことを身につけるために、誰かから与えられる「正解」(常識や教え)を無自覚に受け入れるのではなく、ファクトを能動的に調べ「自論」を主体的に構成しアウトプットする習慣をつける
上記の定年本の方法論をこの理解抜きに読み始めると、「なぜ何をするのか」の覚悟が決まっていないので、うまくいかずにすぐに脱落する。逆に、これらの答えをもって読めば、同じ文章でも参考になることも多々あるはずなのである。
たとえば、大塚寿「50歳からはこれしかやらない」には、「出世競争から降り、開き直る。組織のための時間を自分のために使う。会社にいるうちに人脈の総点検をする」と書かれている。
何の準備もなくこの文言を読むと、「著者はずいぶん思い切ったことを言う人だなぁ。自分とは違う世界の人だ」と感じるかもしれない。
しかし、「安心社会」から離れ「信頼社会」に移行するという学びの目的(What)の下で読めば、これらの文章は「安心社会」からの離脱の当選の第一歩として受け取れる。
同じ本でも、目的次第で読み方が全く変わるのである。学びのWhy, What, Howが重要な理由がここにある。
ここまでで、信頼社会への移行を主体的な学びの重要性が概念的に理解でき学ぶ覚悟ができたら、次は以下の3つのステップを踏む必要があるだろう。
安心社会で自分に身についた習慣を脱ぎ捨てるための、アンラーニングの方法を学ぶ
信頼社会へ移行するための変身資産を獲得する
変身後の信頼社会の特徴を理解し、どのように行動すべきかの心構えを身につける
これらについて、次回以降で説明していこう。