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うぐい滝川 本流奥地の双門
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今回は自分がリーダーであるという自覚を持って
先頭をずっと歩いた。
それは登るラインや足元の水流、ペース配分や読図、登攀では手足の置き場から足先の角度にいたるまで、大小さまざまな判断の連続だった。
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高度計と周囲の地形を元に、GPSに頼らず現在地を確認し続けた。
ハーケンが入る隙間は、都合良く現れてはくれないことを知った。
バイルは一手前進するための、頼もしい味方になることを知った。
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正午を過ぎてなお、目的地に到達する見通しが立たず、目の前に難しそうな滝が現れた時は、不安に心が押しつぶされそうになった。
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どこまで安全を優先すべきか、自分の指針がまだ出来上がっていないせいだ。
私がロープをつけて、まず深い淵の上をへつって滝下まで行き、滝を間近に観察して直登が無理そうだったなら、その時は登攀力の高い仲間に追い越してもらい、上から確保を頼むことにした。
それなら上からへつり区間含めずっと確保してもらうより、はるかに安全度が高いと判断したからだ。
この2ピッチ作戦は功を奏して、結果的に安心して最後までトップで登ることができた。
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核心を超えると苔でつるつるの巨岩帯が我々を待ち受けていた。
下調べでは容易だと思っていた林道までの道のりが思いのほか厳しく、何かがおかしい。
目標の滝は林道からさらに進んだところにあるというに、まだその林道すら現れる気配がない。
時刻は13:20。
進退を決断する局面にあると思い、高度計を確認した。
腕時計には450と表示されていて唖然とした。
(林道の橋を見ていないのに、もう目的地の標高にいるなんておかしい!)
ここで初めてGPSを見てさらに驚いた。
自分がいる場所はまさに目的地の二俣のど真ん中だったからだ。
ということは、林道はさっき潜ってきた鉄管の上を走っていたのか…とようやく大きな思い込みを理解した。
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しかし今いる巨岩の隙間からは、滝どころか二俣の地形すら気配は感じられない。
仲間が「自分がちょっと行って見てきましょうか?」と申し出てくれた。
前進のタイムリミットは13:30であると告げ、後ろ姿を見送った。
力が抜けたように私はその場に座り込んだ。
目の前の岩に咲いている小さなダイモンジソウをぼんやりと眺めながら、遠ざかるハーケンの音を聴いた。
私の頭はすっかりくたびれていた。
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5分もせず斥候役は良い知らせを持って戻ってきた。
迷いはなかった。
全身を使って岩を夢中でよじ登った。
視界が巨大な砦のような壁に覆われた。
見上げると左右の高所に、対をなす2つの滝があった。
二筋の滝は門のようにも見えた。
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右の滝は3段で構成されており、その最上段はそこからさらに高くそびえる岩壁の間にあった。
その岩壁の隙間には倒木が格子状にかけられていて、それが私には窓のように見えた。
窓は陽光でオレンジ色に染まり、最上段の流れはその光を受けて輝きを放っていた。
ボロボロになった軍手で目を拭い、私はしっかりその光景を脳裏に焼き付けた。
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左の滝はどっしりとしていて、滑らかな黒い一枚岩で出来ているような印象を受けた。
良い例えが他に見当たらないが、右が西洋の古い教会なら左は大仏殿といった感じだった。
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私は再び元気を取り戻していた。
帰りの高巻きも読図こそGPS頼りになってしまったが、自信を持って突き進むことができ、16時前には下山することができた。
今の私の力はすべて出し切ることができたと思う。
はじめての「自分の沢」は、こんなに素晴らしい体験をさせてくれた。
様々なことをこれまでに教え、経験させてくれた師匠と、私に足りない部分を支えてくれた仲間に最大の感謝を伝えたい。
2024.9.16