見出し画像

365日色の話 愛子さまが勤められている日本赤十字社。皇室との素晴らしい深い関係とは。

愛子さまは本当に愛らしく素敵です❣
こちらの内容は、
テレビで放送していたものに、赤十字の成り立ちの内容を加えたものです。

日本赤十字社は1877年の西南戦争のさなかに設立された
「博愛社」という救護団体が前身だそうです。

ジュネーブ条約加入の1887年に、
「博愛社」は日本赤十字社に改称され、
世界で19番目の赤十字社として正式に認められました。

すべての始まりは、一冊の本から。
スイスの実業家アンリー・デュナンは
1859年、イタリア人統一戦争の激戦地で
放置されていた負傷者の救済活動にあたりました。
その後、当時の様子を
「ソルフェリーノの思い出」に著しました。

負傷者のための救護団体を設立できないか?

「傷ついた兵士はもはや兵士ではない、人間である。
人間同士、その尊い生命は救われなければならない」

呼びかけが、ヨーロッパ各国に大きな反響を呼び、
赤十字の誕生を実現しました。

日本赤十字社創設者 佐野常民
大阪の「適塾」の緒方洪庵から医術を学び、
「医は仁術なり」と教えられました。

パリ万博の派遣団に佐賀藩士として加わり、
現地で赤十字の展示を見た佐野は
「敵味方の区別なく、救う」という赤十字精神に感動しました。

1877年2月に西南戦争が起こり、
多数の死傷者を出し、赤十字のような救護団体を作ろうと
佐野は奔走しますが、政府は認めず。それでは時間がないと、

佐野は直接、征督総督・有栖川親王に博愛社設立の趣意書を差し出し、
許可されました。

「博愛社」設立許可の図

日本赤十字社の目的は
当時は戦時援護のみで、災害教護の規定はなかったのです。
1886年に赤十字病院を開設。

1887年日本赤十字のボランティア組織が発足しました。
活動が本格化しました。

そんな中、
1888年磐梯山の大噴火が転機になりました。
死傷者が500人
赤十字病院は当時は戦争のための救護活動をすることになっているため、
災害救護のために活動していなかったのですが、
声をあげられたのが、
明治天皇妃昭憲皇后だったのです。

「折角近くに病気があるのだから、
救護のために医師を出してみては」といわれ、
それが、災害救護のはじまりとなりました。

3名派遣

平等に国民を救いたいというお心は
今も記録に残っているそうです。

明治天皇妃 昭憲皇太后
昭憲皇太后

日本赤十字社の社紋
昭憲皇太后のかんざしがデザインされたものです。

今では世界の赤十字は災害地に派遣されていますが、
実は世界の赤十字でも例のないことだったそうです。

日本赤十字社が初めて行なったことだそうです。

世界の赤十字の災害救援

皇室とゆかりがあるだけでなく、
皇室のこころとともに出発したのです。

日本赤十字の精神は皇室に代々引き継がれていきました。

昭和天皇妃香淳皇后が日本赤十字社の初代名誉総裁になられました。

美智子様は裁縫ボランティアに参加
災害にあった乳幼児の肌着作るボランティへの参加は
80回以上にも及んだそうです。
皇室の方がこのような活動をされたのは初めてだそうです。

広島の原爆病院をご訪問の際も
予定されていなかった重症患者の方々にも
一人一人を気遣われながら、
お声をかけておられ、
そのお姿に感動したそうです。(職員の話)

治療をしたくても血液が足りず、
売血で補っている状態でしたが、
血液の状態も悪く、
多くの人に献血を呼びかけるために、
皇室自ら献血をされたそうです。


皇室の方が自ら献血をなさったことで、
献血をすることが広く広まり、
非常に多くの人々が献血をするようになったそうです。

今はこのように献血はされています。

美智子様は、
(日本赤十字社の代表の談)
「国際的にも、まだ、あまり言われていなかった心のケアを第一に
被災者の方々と接しておられ、
そのために、いろいろな情報を集められておられたようです。」

それは、雅子皇后殿下にも引き継がれています。

1995年1月17日 阪神淡路大震災
マグニチュード7.3
死者6434人
避難者 最大31万人超

避難所はすし詰め状態でプライバシーどころではありませんでした。
心のケアを大切に、
美智子皇后は一人一人お話を丁寧に聞かれていかれました。

今では、災害地には心のケアを専門にするスタッフが
派遣されるようになりました。

日本赤十字のその心は美智子皇后から雅子様へ

初々しい雅子様です。

日本赤十字社の名誉総裁を美智子上皇后から雅子皇后へ。

災害地をお見舞いされる際は
膝をおり、目線を合わせて、お話を聞かれておられます。

その日本赤十字の思いは愛子様にもしっかりと受け継がれているのです。


愛子さまのお言葉
皇室は国民の幸福を常に願い
国民と苦楽を共にしながら
務めを果たす
ということが基本であり
最も大切にすべき精神であると
私は認識しております。

日本赤十字社の本社
殉職救護員慰霊碑に献花されるご様子です。

愛子さまが日本赤十字社にお勤めになられたのには
深い深い思いがおありだったのですね。

いいなと思ったら応援しよう!