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365日色の話 サグラダファミリア神を感じる時。美的なものを訪ねる旅を振り返って。素敵過ぎます!!!厳かな空間。。。

光が静かに降りそそぐ想像できないほど美しい空間。
胸がいっぱいになりました。

ガウディの才能を見出されたのはパリのエフェル塔がお披露目された
1878年のパリ万博博覧会でした。

「サグラダファミリア」の完成
はコロナにより遅延し、
2026年にイエスの塔が完成し、
栄光のファサードの建設にとりかかり、
2036年に完成する見込みとなりました。
ガウディのすべてが詰まったバルセロナのシンボルです。

訪ねた2015年もすでに衝撃の素晴らしさだったのですが、
2021年12月9日に
全18基の中でも2番目に高い塔となる聖母マリアの塔が完成し
塔の先端の星の飾りが塔とともにライトアップされました。

この写真はお借りしたものです

ロマンチックで、素敵で、見る人を強く感動させていました。

「サグラダファミリア」は、
スペインのバルセロナにあるカトリック教会のバシリカです。
聖家族贖罪教会が正式名称だそうです。

カタロニア・モダニズム建築の最もよく知られた作品で、
カタルーニャの建築家アントニ・ガウディの未完成作品です。

この作品は、精密に構成された象徴的なもので、
放射線上構造のアーチや、鐘楼に据えられた自然主義と抽象主義の混在する彫刻など、大胆な建築様式を誇っています。

そこに立って見ると圧倒的な存在感です

素晴らしく、あたたかいのです。

ガウディは6才になるまでにリュウマチにかかり、
病弱だったため、
他の子どもと同じように、遊ぶことが難しかったのですが、
クリスマスの飾りのために
紙細工で風変わりな家を作っていたという逸話があるそうです。

授業で、「鳥の翼は飛ぶためにある」と説明した先生に
「鶏は翼を走るために使っている」と反論した話はとても有名です。
周りのものの造形を常に観察していたことを表しているそうです。

後年、ガウディは自然を
「常に開かれて、努めて読むのに適切な書物である」と語っています。

ガウディの先祖は
父方、母方ともに銅細工職人という家系に生まれたことが、
自ら空間を把握するという素地になったと考えていたそうです。

ガウディは貧しい中、勉学に励み、
学業と並行して、いくつかの建築事務所で働き、
バルセロナのシウタデラ公園の装飾やモンセラートの修道院の装飾にもかかわったそうです。

大きな転機は
1878年のパリ万博博覧会(エフェル塔が建てられた)に
出展するクメーリャ手袋店のショウケースをデザインし、
それを見た繊維会社を経営する富豪エウセビオ・グエル侯が
ガウディの才能を見出した出会いにあるといえます。

その後、グエル侯は
40年あまりの間パトロンとしてガウディを支援し続けました。

その間に、ガウディの素晴らしい作品が多く生み出されていきました。

ガウディは後半生をカトリック教徒として過ごし、
「サグラダファミリア」の建設に全精力を注ぎました。

何度か恋をしていますが、行き違い、1度も結婚には至りませんでした。

ガウディの死は無念で残念としか言えません。
晩年、身なりに気を使わなかったため、
ミサに通う中、段差に転び、路面電車に引かれましたが、
浮浪者と間違われて手当が遅れ、3日後に病院で亡くなったそうです。
73才でした。

葬儀の参列者は途切れることなく、
ガウディの偉業を讃え、悲しみに溢れていたそうです。

遺体はサグラダファミリアに埋葬されています。

ステンドグラスも素晴らしかったです
クリスチャンでなくても、神聖な気持ちになりました


どこを切り取っても、魅力的です。

もっと天井までは高く、もっと明るく、本当に気持ちのいい空間でした。

この偉業に日本人の外尾悦郎さんは1976年から従事し
2013年からは主任彫刻家として、
深く携わっておられます。

素晴らしい!

聖歌隊の合唱が始まりました。
透明感のある神聖な歌声に感動しました。


天井から光が降りてきています。


こういったデザインのものがいっぱいです

このような細部にわたり、
この世界観を貫き、表現する技量に感服するばかりです。

そして、そこにいる人たちは柔らかな表情をしているように感じました。


こちらも外尾悦郎さんが関わっているのかもしれません


可愛い意匠が随所に見られます

あの頃は工事がこのような状況でした。

ガウディの才能に感謝します。

2017年の「サグラダファミリア」です。
この写真はお借りしました。

この旅では、グエル公園ほか、
さまざまなガウディの作品を見学しました。

素晴らしい作品を随時ご紹介したいと思います。

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