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意識の統合情報理論

Tononi, "Integrated information theory of consciousness: an updated account", 2012. はIntegrated Information Theory (IIT)の更新版で、5つの公理からなる現在の形をはじめて提案した論文だと思います。
Some empirical considerationsという段落では、力学系において、マクロパターンが「創発」する現象について多く語られており、同時に、神経ネットワークの大規模シミュレーション研究(Spornなど)が引用されています。
Tononiの理論は、このような、「弱い創発」と呼ばれる自己組織化に影響されていることが見て取れます。

私自身は、こういったミクロレベルの相互作用から生じる自己組織化現象自体が、心や意識と何か関係があるとは信じられません。こういった自己組織化は、自然界では比較的よくみられますが、自己組織化があれば、意識があるということにはならないからです。
より重大な問題だと思うのは、心や意識を説明するためには、脳から生じた意識が、特別な因果的効力(なんらかの機能)を持つべきであること(そうでなければ、意識の進化を説明できません)をこういった自己組織化などの決定論的なメカニズムでは説明できないためです。もちろん、最重要な意思の自由も説明ができません。

自由な意思を説明するためには、脳が作り出すマクロな構造が、ミクロから自律して、ミクロには還元できない因果的な力を持つ必要があり、これこそが、心や意識に必要な条件だと思います。

IITの論文にも、「非還元性」ということばや、「因果的効力」に関する記述がみられますし、5つの公理にも含まれています。だからこそ、IITは、創発主義(ミクロに還元できない新しい創発した因果的効力を仮定)の立場から理論構築されるべきであるという提案が哲学者からなされています。
ですが、IITでは、この非還元性という言葉は、創発主義とは異なる意味で用いられているようです。


思考実験

この段落では、いくつかの人工システムについて、意識が存在しないという直感を説明する理由について議論しています。
3つのシステム(photodiode, camera, internet)の例を取り上げています。
フォトダイオードは、とり得る状態のバリエーションが少ないこと、多くの違いをシステムが生み出すことがないことが議論されています。
カメラに関しては、各ピクセルが独立しているため、多くのバリエーションを持つにも拘わらず、それらが統合されていないことが、意識を持たない理由とされています。
インターネットは、システムとして相互に結合されているが、コミュニケーションが一対一であり、最大限統合されてはいない(maxima of integrated information)と議論されています。

公理

思考実験に基づいて、5つの公理を提案しています。
1.意識は存在する(existence):
2.結合性(compositionality): 意識は、さまざまな質が組み合わさり構造化されている。
3.情報性(information):意識経験は、互いに区別され、特別なコンテンツを持っている
4.統合性(Integration):意識経験は統合されており、独立なコンポーネントに還元することはできない。
5.排他性(exclusion):意識は、特定の時間スケールで現れ、コンテンツにははっきりとした境界がある。(無限の空間が意識されたりしない。注意が限られている)

情報

IITでは、情報の定義が、いわゆるシャノンの情報理論とは異なります。内的視点から見たときに、違いを生み出す違い(information is a difference that makes a difference from the intrinsic perspective of a system)です。
この定義は、情報というよりは、因果に近いです。この段落では、確率分布を用いて、情報の定式化を行っています。

統合

IITでは、システムを分割したときに、その分割部分が、システムの因果にどれくらい重要であるか評価し、その部分が重要であるならば、分割できない部分であるとみなし、統合されているといいます。そして、その分割できない部分に対して、還元できない(irreducible)という言い方をします。

IITの考え方において、この統合がもっとも重要であり、同時に、もっとも大きな問題をはらんでいるように思います。
つまり、「還元できない」という意味を全体を部分に分割できないという意味で用いていますが、創発主義において、還元できない因果的な力を議論するときには、「部分の相互作用では説明できない新しい力」に対して非還元という言葉を用います。このように、IITにおける非還元性と、創発主義の非還元性は、同じ言葉を用いていますが、全く異なる概念だと思います。

IITでは、この部分に分割できない全体が、意識であり、固有の経験(コンテンツ)を持つと主張しています。
統合される情報は、過去の状態や未来の状態の「ありえるさまざまなバリエーション」をより特定するとしています。特定の部分の因果的効力がないときには、このような特定化の力が弱まるならば、より、その部分は統合されていることになります。

排他性

排他性は、単一のシステム内に、複数の統合された情報(=意識)が存在するときに、最大の統合情報のみが意識となることを主張します。この部分は、よく哲学者に批判されています。
理由は、意識というのは、内発的なものであるから、他の意識と比較して生じたり、生じなかったりするはずがないと思われるからです。
たとえば、2つの脳を物理的に接続した場合、意識と意識が干渉して、一方の意識は排他性によって失われるのでしょうか?
そもそも、どういう条件で「1つのシステム」というのが決まるのかよくわかりませんが、他の意識との比較で意識が決まるというのはおかしいというのが哲学者の主張のようです。

IITでは、統合情報量を定量化して、その最大のものが、意識であると主張します。

さまざまな考察

この論文では、IITによって何が説明できるのか考察しています。たとえば、なぜ、小脳のようにニューロン数がもっとも多い脳領域ではなく、大脳皮質が意識にかかわるのかなど。
そして、自己組織化との関連性や脳のモジュール性、学習との関連なども議論しています。

IITでは、統合情報量を計算するとき、脳が感覚入力から独立で、自発的に発火している場合を考えます。そして、シナプス重みなどの変化については考慮していません。

私は、脳では、シナプス重みがミリ秒単位で変化することを考えると、意識が発生する数百ミリ秒オーダーにおいても、脳の可塑性を考慮にいれるべきだと思います。可塑性を考慮すれば、脳から生じる因果的力によってシナプスが変化すると考えることができるためです。
また、感覚入力なしの意識(夢)などがあるので、自発発火のみを考えるのは一見理に適っているように見えますが、我々が経験する意識は、覚醒時がもっともはっきりしており、しかも、それは感覚経験と対応しているように感じます。このことから、夢という特殊状態ではなく、密な感覚入力があるときの意識を説明できることが必要だし、意識や心の機能を説明できる理論であるべきだと思います。

所感

ロボットの心を考えると、意識や心は、「環境を理解し、自らの行動の目標を設定するため」にあると思います。とくに、現象的意識は、機能がない意識と言われていますが、環境を自分にとって意味付けする機能があるのではないかという提案もなされています。

IITは、力学系や自己組織化、弱い創発の理論に影響されていることが見受けられますが、力学系は、決定論であって、自由意志を説明できません。
また、自らの過去の状態を保存することで、将来の行動に影響を与えますが、未来に向かっていく目標志向の行動ではありません。

私は、このような観点から、過去によって決定される力学系にインスパイアされたIITは不十分で、未来に向かって制御するフィードバック制御が必要だと考えています。
フィードバック制御では、目標に向かってシステムを変化させることができ、過去の状態は失われていきます。このとき、目標がどうやって決まるのかが問題であり、未解決の問題です。
この未解決問題と意識が関係すると思います。

また、IITでは非還元性を分割不可能性と解釈していますが、このように、決定論ではなく、未来志向性を考えるならば、物理システムの過去の状態によって決定されない非還元的な力を仮定するほうが自然であると思います。この意味では、創発主義が主張するような意味で、決定論を超えた非還元的な力とは何かを考えないと、真に役に立つ意識理論にならないと思っています。工学者としては、意識には機能があり、ロボット(特に実世界ロボットの学習)に有効なものであってほしいと思っています。なぜなら、ロボットは、実世界で動くとき、自分がなにをしているかという目標をしっかり理解している必要があるからです。


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