Why Free Will Is Real
本日は、Listの書籍”Why Free Will Is Real”の一部をまとめます。この書籍は意識に関する論文でも引用されているのを見たことがあります。
ListはFree Will(自由意志)は、3つの条件を満たす必要があると論じています。その3つは、Intentional Agency, Altenative possibilities, Causal Controlであり、それぞれ、物理主義(唯物論)、決定論、エピフェノメナリズムによって脅かされていると論じています。
私は、決定論に関しては、私の意志が行動を決定するのであれば、自由意志と矛盾しないと思いますが、エピフェノメナリズムは大きな問題だと感じています。
エピフェノメナリズムは、物理法則の因果法則は完全で、現状、物理に従わないものは存在しないのだから、心、あるいは、私は因果的な効力を持たないと論じます。これに対して、Listはどのように自由意志を擁護しようとしているのでしょうか?
In Defence of Causal Control
5章の前半は、エピフェノメナリズムが正しいのであるとすると、すべてのマクロ現象は、もっとも基礎的な物理法則にしたがうことになり、個別学問で扱う因果法則は、すべて基礎物理学に還元されることになるが、それはおかしいのではないか、といった議論がされていますが、これらは積極的にcausal controlを支持するようなものではありません。
"The case for Realism about causal control”から、一般の高次レベルの因果と、その特殊系としての心的因果を肯定するための議論をすると述べています。そして、Kim氏の論じる、causal exclusionが誤りだとしています。causal exclusionは、高次レベルが低次レベルによって決まるなら、高次から低次への因果は冗長であって、説明のために不要であること。そして、これが正しいなら、すべての因果はもっとも基礎レベルによって説明され、高次レベルの因果というものは実際には存在しないことになるというものです。
まず、因果とは、"difference-making"、つまり差異を作り出すことであると述べています。
Cが起こったならば、Eが起こる
Cが起こらないならば、Eが起こらない
高次レベルのエフェクトが、低次レベルの原因ではなく、適切な高次レベルの原因によってのみ、上記条件を満たすか考える。
密閉したフラスコ内の水を沸騰させて、フラスコが割れるという例を考察している。この場合、フラスコ内のあるミクロ状態はたしかに、割れた原因を説明しているが、この特定のミクロ状態が起こらない場合でも、割れることがあり得る。なぜなら、割れる条件を満たすミクロ状態は、たくさんのバリエーションがあり得るからである。(多重決定という専門用語があります)
心理レベルでは、興味深い制御変数があり、心理レベルは物理法則に従うとしても、物理レベルでは興味深い制御変数がない。
人間の志向的な心的状態は行動について差異を生み出す原因となるが、脳や身体の状態はそうではない。
これは、心的状態が脳レベルで物理的に実現していることと矛盾しない。
高次レベルで差異を作る関係は、対応する低次の差異を作る関係を伴うとは限らない。本書で示した例で、いずれも、高次レベルに差異を作り出す関係が存在し、低次には存在しない。このことは、低次レベルが因果的に閉じていないことを意味する。
所感
List はマクロレベルでの差異によってのみ説明できる現象が存在することを示している。フラスコを沸騰して割るために、普通は温度というマクロパラメータを観察して、それを制御するのであって、ミクロ状態を制御しようとはしない。
そのほかの例については省略したが、他の場合も、人はたしかに、マクロレベルの変数を観測して、それを制御することによって、差異を生み出す。
これらのことは、確かに、人が、心を持っており、マクロ現象を観察し、それを制御するという例にはなっている。
一方で、ミクロの物理法則が因果的に閉じていないという例があったとして、どうやって、ミクロはマクロによって制御されているのだろうか?心がミクロ・ニューロンレベルをどうやって制御するかについて、そのメカニズムについて、Listは何も言及していない。
私は、一般にマクロレベル法則が成り立つように、マクロレベルを観察して、ミクロを制御するということが行われていると思う。
たとえば、コンピュータが計算できるのは、ミクロメカニズムがミスした場合に、マクロレベルで、そのエラーを検出して修正して使っているからである。通信なんかでも、エラーを検出するための仕組みをあらかじめ仕込むことで、修正しています。フラスコの例もそうですが、マクロを観測して、間接的・直接的にミクロを制御するということをしています。
私は、マクロレベルの観測、ミクロレベルの制御というのが、心的因果についても成り立っているのではないかと考えています。制御というのは、二元性を持っており、観測と制御という2つのメカニズムからなります。
この2つのメカニズムが異なる階層によって実現されることで、脳のマクロレベルが、ニューロンを制御する、というのが心的因果を実現するための、前提条件であると考えています。