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《ショートショート*3》 メモリーメモリー

【ジャンル:ファンタジー、SF 文字数:4,406文字(もはや短編小説?)】


ある会社から、「メモリーメモリー」という製品が発売された。

キャッチコピーは「あなたの大切な記憶を記録しませんか?」

発売当初はかなり物議を醸したこの製品だったが、現在では、使ってない人を探すのが大変なくらいに、世の中に浸透している。

この製品は、自分の人生で切り取っておきたい思い出を保存し、何度も見返すことができる代物だ。

スマートフォン、eコンタクトレンズ、ニューロイヤーカフの3種を連動させることで、思い出の追体験ができる。

具体的には、スマートフォンでメモリーメモリーのアプリケーションを起動させた状態で目を瞑ると、まるで実際に体験しているかのように当時の情景が脳内に再生されるわけだ。

視覚情報はeコンタクトレンズが記憶したものを映し出し、聴覚、嗅覚、味覚、触覚情報は、ニューロイヤーカフが記録したものを正確に再現する。

詳しいメカニズムは伏せるが、実際に体験してみると、思い出の時間にタイムスリップしたような感覚になる。

その時に感じた色や匂い、人の表情、触り心地なんかも、すべてが鮮明に思い起こされる。

まさに、世紀の大発明だった。

しかし、メモリーメモリーには制約がある。

一度に保存できる思い出は一つのみ。また、上書きは一度しかできない。つまり、人生の中で最大2回しか、思い出の切り取りを行えないのだ。

メーカー曰く、上書きが一度だけできるのは、一回はお試しで使ってみて感覚を体験させるため。そのあとは、自分が本当に大切にしたい思い出だけを切り取って欲しいから、だそうだ。

成人に満たない子供たちがメモリーメモリーに保存する思い出を選ぶときは、1回目に両親の許可が必要になる。また、未成年は2回目の保存ができない仕組みになっている。

子供が自由に選べるようになっていたら、きっと日常で感じたそこまで感動的じゃないものまで保存してしまうと思うから、この配慮はあながち間違ってないのであろう。

メモリーメモリーにはこの制約があるため、どの思い出を切り取っておくかはとても悩ましいものになるが、意外にも決めるときは一瞬らしい。

私の周りの人たちは、愛するペットと過ごしたなんでもない時間や、自分の赤ん坊がはじめてハイハイをした瞬間、子供が初めてママの名前を呼んでくれた瞬間、新婚旅行で一番楽しかった瞬間、お気に入りだったバンドのラストライブの瞬間などにメモリーメモリーを使っていると聞いた。

自分が心から愛したもの、自分の人生全てを賭けたものに対して思い出を切り取って、ときどき、思い出の追体験をしているらしい。

その人にとって、何にも変えがたい特別な時間を、何度でも味わうことができる。もう味わうことのできない時間、もう出会うことのできない人との時間を再び作り出せるのは本当に素晴らしいことだと思う。

かく言う私は、1回目のメモリーメモリーに、初恋だった人とのファーストキスを保存していた。

当時は21歳だったため、半ば若気の至りということもあった。周りの人たちは1回目のメモリーメモリーの保存を済ませ、2回目の上書き保存をしている人までいた。

私は1回目のお試し保存すらしていなかった。1回目はお試しとはいえ、合計で2回しか保存できないため、なかなか踏ん切りがつかなかったのだ。私はなんだか周りから置いて行かれているような感情を抱えていた。

そこに、ずっと片思いし続けていた人とお付き合いできたことが重なった。正直、かなり浮かれていたのだろう。

ファーストキスをしたその夜に、一人で晩酌をしていたのだが、飲んでいたお酒の力も相まって、勢いで1回目のメモリーメモリーを保存してしまったらしい。保存した瞬間のことはまったく記憶にないのだけど。

でも、朝起きて気がついたら、私のメモリーメモリーには嬉し恥ずかし、私のファーストキスが記録されていた。

その事実に気がついた私は、自分の愚かさに心底後悔した。なんてことをしてしまったんだろう、と思った。メモリーメモリーには生涯大切にしていきたい思い出を保存すると決めていたのに、結婚もしていない男との思い出を保存するなんて・・・・・・。

今でもこの出来事は私の人生やってしまった最大の失敗である。まあ、そのメモリーメモリーは定期的に見返していたのだけど。

それはそれ、これはこれである。

❄︎

このときに思ったことがあった。

たしかに、自分の大切な思い出を追体験できることは素晴らしいものだと思った。一番最初に見返したときにはとてもドキドキしたし、いつでも私の心を暖かくしてくれるものだった。

でも、見返すごとに、わたしの特別な思い出は、特別では無くなっていくような気がしていた。

思い出に体が慣れていくような感覚を、私は感じていた。

見返すごとに、私の体が感じる感動が薄くなっている。最初ほどの気持ちの昂りはない。もちろん、見返すまでの期間が長くなれば長くなるほど、次に見返したときに多少は気持ちが昂る。

それでも、1回目に見返した時ほどの感動はなかった。

いつでも見返せるものとして、私の中では普通のことになっていってしまったのだろうか。

この事実に気がついた瞬間、とても悲しかった。

メモリーメモリーに保存した内容が内容だったのもあるとは思う。それでも、私の大切な思い出に変わりはなかった。

思い出は心の中にしまっておくから、いつまでも儚いものなのだろうか。

私はメモリーメモリーを使うことが少し怖くなった。

❄︎

今では2回目のメモリーメモリーも済ませてある。

正直、2回目の内容にはとても悩んだ。本当にこれで良いのか、と、何度も考え直した。

でも、決めた瞬間、私の心に迷いはなかった。

私の中で、生涯ずっと大切にしておきたい大切な思い出。私はその思い出のメモリーメモリーを、一度しか見ないと決めた。

今は亡き、夫とのメモリーメモリーだ。

夫は病気のため、5年前にこの世界から旅立っていった。

39歳の若さで旅立ってしまったのはいささか若すぎると思った。本当に何かの間違いだと思った。夫が亡くなってすぐのときは、私は何も考えられなかった。本気で後を追いかけようとしたこともあった。

あなたのいない世界なんて、生きている価値がない。

本気でそう思えるほどに、わたしはあなたのことを心から愛していた。

18年間という時間は、愛情が降り積もるのに十分すぎる時間だった。

私はその18年間のうちの一瞬を、メモリーメモリーに切り取ったのだ。

今でも忘れない。プロポーズの瞬間である。

その時のことを、自分の脳内で思い返しただけでもちょっと怒れてくる。

私は旅先の旅館でプロポーズされた。

部屋にあった大きな窓からは、長崎の夜景が一望できる素晴らしい旅館で、その夜景をバックに私はプロポーズされた。

プロポーズの直前に渡された薔薇の花束と、それに添えられた言葉もよかった。

「一生あなたのことを幸せにします」

もう死んでも良いと思った。

全てが私の理想に沿った完璧なプロポーズ。さすが私のことを理解していると思った。

長崎の夜景が大好きだったことは伝えてあったため、旅行先が長崎だよ、と伝えられたときに薄々察しがついていた。元々あなたは顔に出やすかったしね。

そして、あなたは片膝を床について、ポケットから指輪の箱を取り出した。

指輪の箱は真紅に染まった赤色で、箱の表面には私でも知っているブランドネームが記されていた。

うん、チョイスも抜群。と、後は箱が開くのを待つだけの私。

その直後、あなたはとても緊張した顔つきで、ゆっくりと、箱を開いた。

ついに、この時が来た。

私の心臓の高鳴りは最高潮だった。私の目元からは涙が溢れそうになっている。

子供のころから夢見ていた瞬間が目の前に、

現れなかった。

開かれた箱の中に、指輪はなかったのだ。どうやら中身の指輪だけを家に置いてきてしまったらしい。

・・・・・・。

やりなおせえええええええ!!

咄嗟に口から言葉が出ていた。溢れそうになっていた涙も止まった。

話を聞いてみると、旅行に出発する直前、婚約指輪のダイヤを磨いておこうと思い、自室で丁寧にダイヤを磨いていたらしい。そうしたら、私の呼び出しがあったらしく、急いで指輪の箱を閉じて、婚約指輪をクロスに大事に包んで机の上に置いてしまったと。

その後、私の用事が思ったより長引いてしまい、出発の時間が迫っていることに焦ったまま、指輪の箱だけ持ってきてしまったと。

磨くなら前日に磨いとけよ!!

この人は大事なところでやらかす癖があったため、いつかやらかすのでは、と思っていた。

それが一番大切なプロポーズの時じゃなくても良いでしょうに。

そこから帰るまで、帰った後もしばらく険悪なムードが流れたことは説明するまでもない。一生大切な思い出が、一生怒りが冷めないような思い出になってしまったのだから。

一生忘れられない、という意味では一緒なんだけどね。

❄︎

私はプロポーズされた1週間後に、この思い出をメモリーメモリーへ記録した。

それ以来、一度も見返していない。

夫の死後も、一度も見返していない。

何度も見返そうと思った。あなたの顔を見るために、あなたに会うために。

それでも見返さなかった。

あなたとの最も大切な思い出が、薄れていくのが怖かったのだ。

私と一生を添い遂げる、大切な思い出なのだから。

ずっとそのままで残しておきたいと思ったから。

❄︎


お仏壇のろうそくに火を灯す。

時代が変わっていっても、このやりとりをやめるつもりはない。故人と一緒の時を過ごすことができる大切な時間だ。

私は先ほど炊けたばかりのご飯を小さなお茶碗に盛って、供物台の上に乗せる。

あなたはどちらかというと少食だったから、量は少なめだ。

ご飯の隣には、今日のおかずであるもやし炒めを少しだけおいてあげた。もやし炒め、好きだったもんね。

私はろうそくの火にお線香を近づけて、お線香に火を灯す。お線香の先端に小さな赤い光が灯るのを確認すると、右手を払ってお線香に灯された火を消し、お線香の先からは白煙が立ちのぼった。

か細く立ち登る白煙が私の周りを包んでいくと同時に、お線香独特のなんだか懐かしい香りを体全体に感じる。

あなたと一緒にこの香りを楽しみながら、私は両手を顔の前で合わせ、じっと目を閉じて自分の世界に入る。

できることなら、私はゆるやかに死んでいきたい。

余命を宣告されて、最後の一日がだいたいわかる未来で死んでゆきたい。

最期が近づいたときに、メモリーメモリーを使うんだ。

あなたに会うのはそれまでのお楽しみ。

そのあとは、天国でたくさんお話ししようね。

また、指輪の文句をたくさん言ってやるんだ。私にとっては、直近の出来事に上書きされるのだから。

あのときの鬱憤をもう一度ぶつけてやるから、覚悟しておいてね。

私が心の中でそう念じると、供物台のそばに飾ってある写真の表情が、少しひきつったような気がした。

気のせいだよね。

私はそう言って、お仏壇に灯していたろうそくの火を消した。

雪白真冬

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