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[小説:SS]通学電車
3000文字程度のssです。
ジャンルは青春恋愛系。
気軽に読めるのでスキマ時間に読んでいただけると幸いです。
スキ、コメントをいただけるともっと喜びます。
それではどうぞ、
***
私が使っている通学電車には特等席がある。
そのために朝は必ず決まった時間に起きて、特等席を確保する。
朝ごはんをしっかりと食べて、身だしなみチェックは忘れない。8時発の快速列車、最後尾車両の一番後ろの扉から入って壁側の位置。ガラス張りになっており、車掌室の様子が透けて見える位置だ。
よし、今日もしっかり確保できた。
この春から高校生となった私はこの習慣を3ヶ月ほど続けている。
きっかけは些細なことだった。
***
高校生になって初めての電車通学の日。新生活が楽しみすぎるあまり、少し寝坊してしまった。
この電車に乗らなきゃ間に合わない。私は必死に最寄り駅の改札を駆け抜けていた。
電光掲示板の時刻表示が点滅している。電車がホームに到着した合図だ。
ありったけの体力を注ぎ込み階段を駆け上がる。大分息が上がってきているけど、この列車に乗り遅れるわけにはいかない。
最後の力を振り絞り、階段を上り終わる。その瞬間、入り口の扉が開いた電車が視界に入った。
なんとか間に合った。
ホームにいる駅員さんが発射のベルを鳴らそうとしている。わたしはその姿を確認してすぐに、近くの扉に入ろうと駆け出した。
よし、ギリギリセーフ。ほどほどに人が乗り込んでいる車内に向けて、小走りで駆け乗ろうとした次の瞬間、
ゴン、という鈍い音とともに視界が大きく揺らいだ。
右足の制御が効かない。落ちる。
直感的にそう思った私は、反射的に両腕を前方に出し、手のひらを電車内の床に打ちつけることで、視界の揺らぎが止まった。
幸運にも、制御の残っていた左脚と両腕で自分の体を支えることができているらしい。
未だ状況が鮮明に掴めていない中、右足に激痛がやってくる。
めちゃくちゃに痛い。視線を痛みの方向へ向けると、ホームと電車の間の溝に右足が挟まっていた。
私はその瞬間、パニック状態になってしまった。
体が動かない。
目の前で起こった異変に、周囲の人の顔には驚愕の文字が浮かんでいたが、程なくしてそれはひそひそ声に変わった。
恥ずかしい。
私は咄嗟に顔を下に向けた。
恥ずかしさのあまり、顔を上げることができない。
見ないで。見てるくらいなら助けて。私はそう叫んでしまいたかった。
その時、こちらに駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。その足音がだんだんと近くに聞こえてくる。
「大丈夫ですか?動けますか?」
その大きな声で私は弾かれたように顔を上げた。電車の中にいた車掌さんが私の姿を視認して、私の近くまで駆けつけてくれていた。
私は懸命に首を横に振った。
そんな私を認識した車掌さんは私の顔の前で一言。
「失礼します」
そう言って、両腕を私の脇の間に通し、私を持ち上げてくれた。ふわっと持ち上げられる感覚。とても心地よかったのを今でも覚えている。
車掌さんは持ち上げた私を黄色の線の内側に運び、優しく下ろした。
「もう大丈夫ですよ。怪我したところは痛みますか?」
「あ、いえ……。えっと……。」
私は動揺のあまり、うまく言葉が出てこなかった。
車掌さんが少し心配そうな顔で私の顔を見つめた後、私の右膝あたりに視線を落とした。
つられて、自分の右足を確認すると、ひざのあたりに大きな擦り傷を負っており、じんわりと血が流れ出していた。
自分の怪我を認識した途端、痛みがいっそう強くなった気がした。
とても一人で動けそうにはなかった。
まだ動揺していたが、小さく深呼吸し、なんとか言葉を絞り出す。
「痛みます……。一人ではちょっと歩けなさそうです……。」
その時どんな表情をしていたか、自分でもわからない。もしかしたら泣きそうだったかもしれない。でも、車掌さんはそんな私の表情と言葉を理解し、
「わかりました。肩を貸しますので、ひとまず駅掌室に向かいましょう。ここだと、人目につきますから」
車掌さんはそう言うと、私の隣に来て腰をおろし、肩を貸してくれる素振りを見せた。
あまり馴染みのない光景だったので、またもや周りからの視線を感じた。こういうとき、見ている人は特に何も考えていないのだろう。
気になるから、見る。そんな感覚だと思う。
でも、見られる側はとても恥ずかしいし、怖いのだ。
身体が硬直してしまい、自分の身体が制御下から外れ、浮いているような感覚に襲われる。
みんなからの視線を感じて、私の心にも限界が近づいていた。今にも泣き出しそうだった。
そんな私の違和感に車掌さんが気が付き、声をかけてくれた。
「大丈夫です。私がついています。安心してください」
優しい声だった。
私はその声の方に顔を向けると、優しい表情をこちらに向けた車掌さんがそこにいた。
よく見ると、少し気恥ずかしそうにしていたのを今でも鮮明に覚えている。車掌さんも勇気を出して言ってくれたのだろう。
私はその笑顔と勇気に救われた。
さっきまで固まっていた身体が途端に軽くなった。右足は痛むが、少しなら動けそうだ。
ーーもう怖くない。
「ありがとうございます。」
普段より少し力のこもった声。
車掌さんはその声を聞き、安堵の表情をしていた。
「もし、歩き出して痛みが増したら言ってくださいね」
「はい」
今度は自然に答えられた。
依然として、周囲の視線をちらちら感じたが、もう体が強張ることはなかった。駅掌室に向かうまでの間に右足は痛んだが、動けなくなるほどの激痛ではなかった。
あっという間に駅掌室に到着し、細心の注意を払った上で椅子に座らせてもらった。
「よくがんばりましたね。親御さんと連絡はつきそうですか?」
「今から電話をかけてみます。本当に助かりました。ありがとうございます」
「当然のことをしたまでです。親御さんと連絡がつくまではここにいていいですからね。ここなら、誰かに見られることもありませんし」
そう言う車掌さんの顔は、やっぱり少し気恥ずかしそうに顔を赤くしている。私も恥ずかしくなってしまい、慌てて目をそらした。
その瞬間、トクン、と私の心臓が強く脈打った気がした。
体が熱い。でもなんだか心地よい。
今まで感じたことのないような感覚だった。
なんだろうこの感覚、もしかしてこれが……。
うん、きっとそう……。
恋心と自覚するまでそれほど時間はかからなかった。
「ひとまず他の駅員さんにも、駅掌室に親御さん待ちの人がいるって伝えてくるね。すぐ戻ってくるから」
車掌さんは優しい笑顔でそう言い残すと、駅掌室を出て行った。
***
結局、その後すぐにお母さんがとても心配した様子で迎えに来てくれた。あの時の車掌さんは用事が入ってしまったのか、別の駅員さんが対応してくれた。
幸い、骨に異常はなく、全治2週間ほどで普通に歩けるようになった。
あの日以来、ホームと車両の間をしっかりと確認して電車に乗り込むようになった。
どんなに急いでても、だ。
少し思い出に耽っていると、甲高い音が私の耳に響いた。
列車の出発を予告する警告音が鳴り、いよいよ電車が出発する。
私は、緊張しながら、今日の車掌さんを確認する。
私の心臓はトクン、と力強く脈打った。
あの人だ。
車掌さんは、ガラス越しに車掌室を覗いている私に気がつくと、ニコッと笑顔を向けてくれた。
その瞬間、私の心臓は、もう一度、力強く脈打った。
終わり
***
雪白真冬