おばさんはオカマさんとも大いに笑う

新宿3丁目

職場の若い子が仕事帰りに2時間ほど付き合ってはもらえないかという。新宿を歩いていたらオカマバーの特別割引券を貰ったので行って見たいが一緒に行ってくれる人がいないそうだ。
「貴女の同期のk君なら非日常が好きそうだから付き合ってくれるんじゃない。」
「彼はメイドカフェ派なんで。オカマバーなら男性とと思って行ってくれそうな人には声をかけたんですが、皆んなああいうところには私とは一緒に行きたくないって言うんです。」
そりゃそうだ。職場の若い女の子に自分がイジられて喜ぶ姿は見せたくはないだろう。後でどんな噂が飛ぶかわからない。
「で何で私?」
「先日、テレビでしか知らないけどオカマの人は嫌いじゃないて言ってらしたから」
確かに彼女から数日前に唐突に聞かれてそう答えた。
正直、テレビで見るオカマさんトークは好きだ。深層を的確に捉えて、面白ろおかしくかつ誰も傷つかないように巧みに話す。傷つけられた痛みを知る人だけができる離れ業だと感心する。
オカマバーは若い頃行くチャンスが会ったが、オカマバーの経験がある女性の先輩から貴女はオカマにハマりやすいタイプだからやめた方が良いと言われてやめた。ホストならわかるがオカマさんにハマルかなと思ったが、若い頃は今より遥かに素直だった。
嫌いじゃないし、暇もある。若い子にこんな事で恩を売るのも悪くはないか、と忖度しておかまバーデビューにお付き合いすることにした。
「あら、お姉さんたちいらっしゃーい。ようこそ。来てくれて嬉しいわ」
テレビで見るようなオカマらしいオカマさんが出迎えてくれた。ド派手なバーという感じ。入り口付近の椅子にはつばのある帽子を被った年配のオカマさんが足を組んで陣取り、我々を一瞥して興味なさそうに目をそらした。晩年の内田裕也が化粧をして座っている感じ。おばさんは直ぐに驚きが顔に出る。案内のオカマさんが、「ごめんなさい。お姉さん病気なの。あの人お金で働いてないの」とのこと。意味不明だが、おじさんなら態度が違うのかしらと思いながら、案内されて席へ。席はステージから思いっきり遠い末席。
「すみません。ステージあまり良く見えませんね。」と職場の若い子
「まあ値段が値段だし、私達って見るからに物見遊山だから」
すぐに若いオカマさんが来て接客してくれた。腰をよじって座る意外は若い頃のおば友のB子そっくり。規定のつまみとドリンクが出た後、オカマさんと話し始めると何だかただの職場の若い子二人とおばさんがど派手なバーでお話している感じ。「夜のお仕事だから、新宿に近い所でアパートを借りてるけど、家賃高いからオートロックは外せないと思って階を妥協して1階に住んでるの。そしたら外にいつも人の気配を感じて。どうも覗きにあってるみたい。こわーい。」とオカマちゃん。
「わー怖ーい」と、すごーく心配そうな職場の女の子。可愛い女子トーク。
おばさんC子ならオカマ出没注意と窓に貼っとけと言うわと思いながら
「まあ、覗きとかチカンとか若い子の悩みね。おばさんには縁のない世界だわ」という私。
「やだ〜お姉さん。まだ、まだイケるわよ〜。」
職場の女の子とオカマちゃん笑、笑、笑。
「若いのにお上手!」と私。
職場の女の子とオカマちゃん笑、笑、笑。
いつの間にか私がオカマ役に。何だかな〜と思いながらあたりを見回すとメインステージ前の盛り上がっている集団が見える。男性3人をオカマさんたちが取り囲んでいる。テレビで見た事があるオカマサンもいる。
「あれは?」
「ああ、ママが対応してるやつね。誕生会のお客様」
「お誕生会?」
誕生日を祝って貰っている男性の顔を見てたまげた。主賓は堅物そうなおじさま。そして主賓よりも少し若い助さん、角さん風のおじさんがいる。3人とも背広で首から青いストラップのIDカードをぶら下げている。固いご職業の様だ。はじけるでもなくママに横に座られて照れながら、ケーキカットをしながら喜んでいる様子。誕生会?あのタイプの男性はバーで若い女の子を侍らせ、同伴などして喜んでいると思った。男心も深い。おば友に話さなくっちゃ。
「あのね、何かボトルを入れてくれたら少し時間を伸ばせるんだけど。次回にも使えるし」
アルコールがダメで烏龍茶を飲んでいる職場の女の子が、長くいたいらしくお願い目線でこっちを見る。次に来る予定はなかったが、面白そうな梅酒のボトルが普通の居酒屋の1000円増しぐらいの値段だったので入れた。
「梅酒のお客さんって珍しい〜。私も貰っちゃてイイ?」職場の女の子は飲まないので、オカマちゃんと二人で飲み始めた。
突然、良い香りがしたと思ったらすごい綺麗なオカマちゃんがくつろいだ様子で横に座った。
「ここ、梅酒が飲めるんだって。私も頂いて良い?」
体格は良いが、細くて顔もアイドルのように可愛い。大したレベルのオカマさんだ。綺麗な可愛いいお嬢さんと話している感じ。少し話して「生き返ったわ〜」と言ってメインの席の方に戻って行った。
「すっごーい。この店のNo1の子なんです。こんな席に来るなんて」おいおい私たちの席はこんな席なのか?
それを皮切りに席はおかまさんの休憩所と化し、おかまさんが入れ替わり立ち寄って梅酒を飲みに来る。会話は完全に休憩室でのオカマトーク。
「お姉さんたちどうゆう関係」
職場の上司と部下なんて言おうものなら根掘り葉掘り聞かれそう。趣味友、と言うと直ぐにどんな?と聞いてくる。職場の女の子も私もスポーツジム友とは言えない体型だ。本当に趣味でやっていたので「金継ぎ」と答える私。
「金つぎって、やーだ。どんな趣味。取った人に言う〜。お姉さん面白い。」
笑、笑、笑。
オカマさんにウケた。待て、金継ぎってどんな認識だ。金継ぎといえば、二宮和也主演の「拝啓、父上様」で八千草薫さん演じる老舗の料亭のおかみが見せたあれだ。女中が物凄く高価な皿を割る。怒らず、気をつけてちょうだいと優しく諭し、自室にその皿を持って来させ、道具を扱う所作も美しく漆と金で皿を修復するおかみ。梅宮辰夫扮する板長が言う、「昔は一流の料亭のおかみは皆、嗜みとして金継ぎの技術を持っていて、ああやって壊れたものを直していたもんだ」。すごいおかみさんだと熱い尊敬の眼差しで見る新米の板前二宮、というあれだ。私もそのおかみさんがかっこよくって憧れて始めた。下ネタにするんじゃない。
「お姉さん、何処に住んでるの?」
「◯◯」と答えると
「行ったことある。私、そこの◯◯病院のコマーシャルモデルやったのよ。」
「あーあの肛門科で有名な?」と私。本当に有名なのだ。
「あそこ肛門科?嘘ー知らなかった。ロビー歩いただけだったから。肛門科だけにオカマってこと。やだー」
笑、笑、笑。
「あら盛り上がってるわね。私にも梅酒ちょうだい」とフサフサのショールをつけたチイママという肩書きのオカマさんが登場。可愛いい高木ブーという感じ。職場の女の子がテレビで見た事がある顔なのでいじられて喜んでいる。
私というとおばさんトークでは定番の持病ネタ。
「こんなカッコで座ってごめんなさーい。昔から腰が悪いんだけどこのヒールでしょう、痛っくて」とチイママ。
「ピンヒールよね。わかるわー。ヒールが5cm以上だともうダメ。すぐ腰にくる。でもチイママ、足本当に綺麗。」
「お金かけてるのよ、どこもかしこも」
笑、笑、笑。
制限時間の少し前に梅酒は全てなくなり、席には最初のオカマちゃんだけになる。先輩たちに萎縮していたのか、オカマちゃんの声をやっと聞いた。
「お姉さん、私たちに会いたくなったら24時間やっている近くの◯◯っていうカフェに来て。2時すぎなら大抵いるわ。お店が終わるとそこしか開いていないから、遅いご飯を食べて帰るの。ゆっくりおしゃべりできるし。」
ありがとう、と言ったけど朝の2時過ぎにオカマさんに会いに新宿に出かける会社勤めのおばさんなんているのか。水商売の人と思われたのかしらん?それとも世間の人は皆そのような生活をしていると思っているのかしらん?
出口では、入り口のおかまさんと席で接待してくれたオカマさん、そして入り口で座っていたオカマさんの3人が立って見送ってくれた。入り口のオカマさんが、帽子を被ったオカマさんに「あら珍しい」とささやいた。オカマさん2人は手を振って見送ってくれた。帽子のオカマさんは、腕を組んで腰を少し揺らしながら首をちょこっと横に倒して見送ってくれた。疲れた。
「楽しかったです。本当に有難うございます」という職場の女の子に2度と誘わんでくれというオーラを送った。しばらく、何を聞いても、何を話しても下ネタのオチが浮かびそうだ。
しかし、気になるのは誕生会を開いていた3人組のおじさんだ。おば友にどのように話そうか。誕生日に数ある歓楽施設からオカマバーを選ぶおじさん。何ゆえ?。おばさんたちの会話ではオチを求められるはず。おそらく、おじさんはおばさんのような人にとても優しくされて、心から褒めて貰える一時を過ごすためにお金を払い、誕生日という人生の晴れの日にオカマバーに行ったんじゃないのか。かっこいいおじさんを除き、おばさんはおじさんに全般的に厳しい。普通のおじさんがおばさんに優しくされ、褒められることは皆無のはずだ。考えて見ると、職場でもおじさんに優しいおばさんは、顔や体型がTheおばさんでも、おじさま方の評判はすこぶる良い。おじさんに好きになって貰うのは案外簡単な事のようである。夫婦関係も今より少し家のおじさんに優しくして、時々褒めれば飛躍的に良くなるのかもしれない。では、おじさんに優しくする?今更、おじさんにモテなくっても結構。お金をくれるなら別だが、優しくすると直ぐにつけ上がるようで嫌だ。おばさんがおじさんにモテる方法はオカマバーで学んだが、商売でなければおじさんに優しくするのは難しい。これがオチだ。


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