画像1

vol.5 真実はいつも一つとは限らない~腕利きの探偵が必要になった時に聴く音声~

探偵小沢 覆面太郎弁護士 サウザーの白熱教室
00:00 | 00:00

※試聴版。オリジナル版(58:49)は購入後に視聴可能。

第五話(全六話)
夜気が濃くなってきた。繁華街外れの、ラブホテル街。水底のような静かさと、ギラついた雰囲気が混じり合うこの片隅で、彼は息を潜ませていた。

デジカメの液晶を覗く。対象者の動向確認だ。互いの身体を密着させ歩くアベック、その背中は油断しきっている。彼らがこれから何をするのかーーいや、したいのか。その熱の放射がレンズ越しに伝わってくるようで、彼は胸焼けに似た感覚を覚えた。

今回の調査もいよいよ大詰めだ。朝から開始した対象者の尾行。その終着点に向かって対象者達と、そして彼も歩を進めている。男が女の腰に手を回した、いや?アレは尻を撫でている。女も強く男の腕を抱き寄せて、さらに密着度アップだ。これは仔細に報告書作成せねば。

ラブホの入り口が近づいてきた。彼は脇を締めカメラを固定し素早くズーム、決定的瞬間を確保する。何千何万と繰り返され身体に染み込んだ動作で、歓喜溢れる対象者両人の横顔を確保したことを確認し、彼ーー探偵小沢は静かに息をついた。

僕は他人(ひと)のSEXを証明しようと思う。

そして、その慰謝料で飯を食っていきたい。

そんな冗談…いや本音か、と込み上げる自笑に口端を歪ませると、しばしの待機時間が訪れた。あの男女がコトを終えて出てきたところもカメラに収めて、相手の女の家を突き止めるところまでが今回の調査だ。まだ全て完了したわけではない。

集中し、白く染まっていた意識が色彩を取り戻したことを感じながら、彼は昔のことを思い出し始めていたーー

初めての尾行。気になる女子の家を知りたくて、好奇心で高鳴る胸を押さえて尾行をした、小学2年生のあの日。1回ではうまくいかず、翌日見失ったところから再トライ。家を突き止めて何かをしたい、ということではなかった。ただ知りたかった。そんな純粋な衝動に突き動かされながら、中学生、高校生と、成長と共に尾行の経験も増えていった。独力では力及ばず、高校生の時には初めて、探偵事務所の門を叩いた。思えばあの時が、探偵業界とのきっかけだった。

知りたい、調べたい。その衝動に突き動かされて手足が動く。それが自分の特性であると自覚したのは、大学生で就職活動をする時期であった。

有名私大に通っていた彼の周りは手堅い企業に就職を決めていた。しかし彼はそういった「普通の勤め人」をするのは気が引けた…面白そうに見えないと、率直にそう思った。彼の父は会社役員だった。いつも忙しそうで、お金のために仕事をしているように見えた。そんな父の背中を見て育ったことが要因かもしれない。確かにお金は稼いでいたようだが、楽しそうには見えなかった。自分の性格と特性を活かして、自分らしく、楽しくできる仕事はないかーーそう思う彼の指先は自然とGoogle検索窓に「探偵 就職」と打ち込んでいた。

その探偵社は年商も数十億円で社員も多かった。当時では珍しい正社員募集ということもあり、面接を受けた。

「推理して、犯人はオマエだ!とかは無いよ?浮気調査がほとんどよ?誤解して応募してくる人が多いんだよね」と言う。

浮気調査ーー

面白そうじゃん!

そう直感した彼は、条件として提示された探偵学校(45万円)も躊躇わず受講して、探偵社に就職した。しかし現場に配属されてわかったのは、立派なオフィスや広告、営業担当などは全て「化粧」であったということ。探偵社のフロント、前面に立つ人や内装は綺麗だが、その中で実際の作業をしているのはいわゆる「底辺」の人々だった。風俗、ギャンブル好き、マトモな仕事ができない、隙あらばサボりたい、帰りたいーーそんな人々の中に放り込まれて、若き日の彼は愕然とした。

「この人達、探偵をやりたくてやっているんじゃない。他にできることがないから仕方なくやっているんだ」と。

実際、探偵という業種は社会的に見て主流でないどころか副流でもなく、細い地下水脈のようなアングラ業種である。ここに就職したいと思う若者はほぼ居らず、マトモ就職先がない人が流れ着いて、尾行や調査をしているのが実態だった。彼らが、そのまばらなヤル気でもって集めた証拠を、編集部が切り取って、次の担当者が報告書にまとめる。それを依頼主に説明する担当がいる。調査内容や報酬を交渉する営業担当も居る。こうして分業して、探偵「的な」サービスを提供しているのがこの会社だった。ここに勤める人々は別に「探偵」をやりたくてやっているのではないということに気がついた。そしてそのビジネスモデルは、追加調査や延長をさせて、いかに細く長く依頼者から金を引き出すか?が最適解であるという実情も知った。

彼は自分を見つめ直した。何がしたくて探偵をしたいのか?

困っている依頼者の味方になって、力になりたい。助けたい。自分ができる方法で、人の役に立ちたい。人はパンのみにて生きるにあらず。そう、僕は他人のSEXを証明したいんだーー

その想いが弾けた。後先はあまり考えず、独立した。ひとりでやっていくことに恐怖はなかった。調査の技術と経験には自信はあった。しかしそれ以外の業務、集客や打ち合わせ、料金の交渉、報告書の作成、集金確認、税務なども、独立したら自分でやらなくてはならない。初めてで大変ではあったが、なんとかできた。やってやれないことはないのだ。

こうして彼はホンモノの私立探偵になった。どうやって調査を組み立てるか、最も効率的な依頼者さんの目的を達成できる方法はどれか。大手探偵社のいちサラリーマンではできなかったことができる。依頼者も選べる。大手社に居た頃は、錯乱した依頼主からの意味不明な張り込みを、ただ時間消化だけしたこともある。楽勝でお金を頂けるという意味では美味しいが、真に「探偵」をしたい彼には複雑な想いがあった。

本当に困っている、不幸のどん底にある人こそ、何とかしてあげたい。人助けがしたい。その想いが自分を駆動していることにも気付いた。信頼できる仲間も増えた。一緒に調査する探偵仲間、そして法律のプロである弁護士とも連携し、依頼者の最適解を得るため尽力するこの瞬間瞬間が、もう楽しくて仕方がない。

ーー気付けば数時間が経っていた。そろそろ「ご休憩」が終わる頃だ。不貞アベックが吹かせてくる淫気の風に、前髪を揺られながら彼は今日もまた、他人のSEXを証明していく。

つづく

ヤコバシ著

ここから先は

¥ 1,680

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?