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【短編】「家族」の休日

■ざっくりなあらすじ

オレ(夢野陽)は
少女を誘拐し、

山奥のログハウスに
連れてきてしまった。

天涯孤独のオレからしたら、

実家で暴力を振るわれて
泣いている彼女を、
放っておけなかったから……。

そして、

色々あって
見知らぬ女性とも
生活するようになって、

少しの時が経った。

そんな、
ある日のこと。

■本編

家に差し込む朝日の下、

オレとメグちゃんは
支度を済ませた。

夢野陽
「よし、そろそろ行こうか」

メグ
「うんっ!」

メグちゃんは
笑顔で身体をゆらした。

ガチャッ

ドアが開く音が聞こえた。

……振り向くと、
氷室さんが
寝室から出てきたところだった。

彼女はオレたちの全身を
じろじろと見て、

氷室零
「……出かけるのか」

不機嫌そうな顔をした。

夢野陽
「あ、おはよう。

うん、今ね、
ここから車で一時間くらいの
大きなスーパーに
行こうとしてたんだけど……

一緒に行かない?」

オレは氷室さんに
笑顔を向けた。

氷室零
「……」

彼女はオレの顔をじっと見て、
なぜかためいきをつく。

氷室零
「……私が目を離したすきに、
お前はメグに
変なことをするかもしれんからな……
仕方ないな」

オレは苦笑いして、
頬をかいた。

夢野陽
「うーん……
そんなこと、しないけど……」

(でも、
疑われるのは仕方ないか……

成人男性と小さな女の子で
お出かけ、だもんなあ……)

氷室零
「朝飯、食ってくる……」

夢野陽
「あ、今出すよ、
ちょっと待ってて」

オレは荷物を置いて、
キッチンへ向かった。


氷室さんが朝食を食べ終え、
準備するのを待ったのち、

オレたち三人は車に乗って
高速道路を走った。

メグ
「でね、この子がね……」

氷室零
「お、おお……」

バックミラーで後ろを見ると、
メグちゃんが
自分のくまのぬいぐるみを持って、

氷室さんと
何かを話していた。

……氷室さんはいつもオレには
仏頂面を向けている。

が、今日は、
その口角がわずかに上がっている。

……オレも、
自然と笑みがこぼれた。


メグ
「す、すごい……!!!!」

氷室零
「……聞いたことはあったが、
これは……
すごいデカさだ」

夢野陽
「ね。
……オレも初めて来たけど、
想像の何十倍も大きい……」

オレたちは倉庫の中のような
大型スーパーの大きさに、
あんぐり口を開けた。

メグ
「わーい!!」

夢野陽
「あっ!
メグちゃん、待って!」

メグちゃんが奥の方へ
走り出していってしまった。

氷室零
「オイ、メグ!!!
……私が行く」

夢野陽
「うん、お願い」

オレがうなずくと、

氷室さんは
メグちゃんの背を追いかけて
走っていった。

夢野陽
(オレは
このデカいカートがあるから、
走れないんだよなあ。

もう二人を見失っちゃったし……)

……仕方ないので、

二人が走っていた
だいたいの方向を目指しながら、
商品を見て行くことにした。

メグちゃんには
氷室さんがいるから、
たぶん、大丈夫だろう。


カートを転がして歩くこと、
十分ほど。

ぬいぐるみ売り場のところで
ようやく、
見覚えのある背中が見えてきた。

夢野陽
「……あ、いたいた!」

氷室零
「……あ」

氷室さんが近寄ってきて、
困ったような顔をした。

氷室零
「オイ……
メグが何やら、
高いのを買いたがってるが……」

夢野陽
「ん? 高いの?」

メグ
「あ、陽!!! 
新しいお友達がいるよ!!」

少し離れたところの
大きなクマのぬいぐるみの前に、

メグちゃんが
目を輝かせて飛び跳ねていた。

夢野陽
「この子?」

メグ
「うん!!! そう!」

夢野陽
「そっか…………
……しっかし、大きいねえ……」

メグちゃんが指さしているそれは、

小さな大人一人が
すっぽり入っている
のではないかと
思うくらいの大きさだった。

メグ
「この子とそっくりだし、
仲良くなれると思う!」

彼女はそういって、
オレに自分のクマのぬいぐるみを
見せてくれた。

夢野陽
「確かに、顔が似てるね♪」

その嬉しそうな様子に、
オレは思わず笑顔になった。

氷室零
「オイ……本当に買うのか?」

氷室さんは値札を指さした。

オレはメグちゃんが喜ぶならと、
首を縦に振る。

夢野陽
「うん」

氷室零
「……おまっ……」

氷室さんはアゴが外れそうなくらい、
大きく口を開けた。

メグ
「やったあ!!!」

メグちゃんは
大きなクマの周りを飛び跳ね、

氷室さんは頭を抱えて
その場にしゃがみこんだ。

メグ
「なんて名前にしようかなー」

氷室零
「は~……」

オレは二人を
笑顔で見つめた。

氷室さんはしゃがんだまま
オレを見上げ、

氷室零
「お前……
仕事してないんだろ?

そんな簡単に、
高額な買い物を決めていいのか?」

呆れたような声を出す。

夢野陽
「大丈夫大丈夫♪
退職金ももらったし♪

貯蓄は結構あるんだ、
お金がなくなったらなくなったで、
何とかするよ」

氷室零
「はあ…………
先が思いやられるな」

夢野陽
「んー?
心配してくれるんだ♪」

氷室零
「ち……違う!!!
し、心配なんて……」

彼女は顔を赤らめ、
そっぽを向いた。

夢野陽
「……ありがと、氷室さん。

……メグちゃん、
店員さんに言えば
お迎えできるみたいだから、

ちょっと待っててねー」

メグ
「うん!
待っててね!
クマさん!」

メグちゃんは
あたりを駆け回って、
大喜びしていた。


氷室零
「…………」

私は、
店員に声をかける陽の背を
じっと見つめた。

氷室零
(そりゃ、心配もするだろ……

虐待されている子を
一時的に保護……

という名の誘拐をして。

なんの稼ぎもなく
生活しているなんて……

コイツには、
現実が見えてるのか……?)


それから、
オレたちは三人で
色々な商品を見て回った。

メグ
「…………」

メグちゃんはお菓子の大きい袋を、
ジッと見つめていた。

夢野陽
「……メグちゃん、
それ欲しいの?」

メグ
「……! うん!」

メグちゃんは何度も激しく、
首を縦に振った。

夢野陽
「わかった。
じゃあ、買うよ」

氷室零
「おまっ、また……!

それで何個目だ!?
もう何個も、
そんな調子で……!」

氷室さんは慌てた様子で、
カートの中を指さした。

カゴの中は
メグちゃんの欲しいもので
いっぱいだ。

オレはひらひらと
片手を振ってみせた。

夢野陽
「大丈夫だいじょーぶ♪
心配してくれて、ありがとね♪」


「んな、
し、心配なんて……っ!!!」

さっきと同じように
彼女は頬を赤くして、
顔を逸らした。

メグ
「……どうしたの?」

メグちゃんが
不思議そうな顔をしていた。


「ううん、何でもないよ♪」

……実家で虐待を受けていて、
閉じ込められている
メグちゃんには、

ここでくらい、
楽しく、気兼ねなく
すごしてほしい。

……たとえ、
オレが罪を犯すことに
なっていても……。

……泣いているメグちゃんを見て、
どうしても、
放ってはおけなかった。

……巻き込む形に
なってしまった、
氷室さんには申し訳ないが。

氷室零
「心配なんて……ぶつぶつ」

顔を赤くして
何やらつぶやいている
彼女を見ると、

氷室さんもこの時を
楽しんでくれているのかな、
と思う……。


オレたちは会計を終えた後、
レジの近くのフードコートで
昼ご飯を買った。

オレはホットドッグを、

メグちゃんと氷室さんは
ハンバーガーを頼んだ。

メグちゃんは
バーガーを口いっぱいに頬張り、

メグ
「ほへ、ほいひい~
 (これ、美味しい!)」

また、目をきらきらさせている。

その無邪気な笑みに、
オレも口角が上がった。

夢野陽
「ふふ、よかった♪」

氷室零
「……ソースがついてるぞ」

氷室さんは紙ナプキンで、
メグちゃんの頬のソースを
ぬぐった。

氷室零
「あと、
口に物を入れているときは話すな。
舌を噛む」

メグちゃんはうなずいて、
口を閉じた。

オレは片手で
ホットドッグをほおばる。

夢野陽
(……誘拐は犯罪……
って、分かってるけど……

それでも……
この二人と
一緒にいるようになってから、

毎日、ご飯がおいしいな)


メグ
「あっ!」

スーパーから出たところで、
メグが大きな声をあげた。

氷室零
(……まさか、
買い忘れでもあったのか!?

こんなに買っておいて!?)

私はふたつカゴの載った
カートを見た。

……冷汗が
出ているのがわかる……。

陽が腰をかがめ、
優しくメグに話しかけた。

夢野陽
「どうしたの?」

メグは空の方を指さした。

メグ
「あれ……なに?」

メグの指の先には、
大きな観覧車と、
ジェットコースターのコースが見える。

陽はニコニコしながら、

夢野陽
「ああ、あれはね、
観覧車とジェットコースター、
っていうんだよ。
乗り物だよ」

そう教えた。

メグ
「かん……らん、しゃ…………
のりもの……」

陽はメグと同じ目線にまで
かがみこみ、
観覧車の方を指さす。

夢野陽
「……見えるかな? 
小さい丸いのがついてるよね?」

メグ
「うん」

夢野陽
「あれが観覧車だよ。
あそこの中にも乗れるんだよ」

メグ
「ほえ~……」

メグは目を見開いて、
観覧車を見つめた。

メグ
「乗れる……かんらんしゃ……」

その大きな目が、
しだいに輝きを放ってゆく……。

氷室零
(お、オイ、まさか……)

陽は笑顔のまま続けた。

夢野陽
「行ってみる? 遊園地」

氷室零
(オイ!! 金は!?)

メグ
「いーの!?」

陽はうなずいた。

夢野陽
「もちろん♪」

メグは両手を上げ、
その場で
ぴょんぴょん飛び跳ねた。

メグ
「ぃやったあ~~!!!」

……私は、手で頭を押さえた。

氷室零
(やっぱり……)

氷室零
「……オイ、金は…………」

……そこで、私は口を閉ざした。

……また、
「心配してくれてありがとう」
とか言われて、

こっちが
丸め込まれそうだからだ……。

氷室零
「……何でもない」

夢野陽
「んー? 
大丈夫だって、一日くらい♪」

……彼は、
にこにこしたままだ。

氷室零
(一日くらいって……

その一日でもういくら
使ってると思ってるんだ、
コイツ……)

夢野陽
「氷室さん、
 心配してくれてありが、」

氷室零
(!!)

ばちんっ

私は反射的に手で、
陽の口をふさいだ。

氷室零
「そ、それはもういい!!!
行くぞ!!!!」

私はまた熱くなった顔を隠し、
車の方へ足早に進んだ。

氷室零
(まったく、
陽はメグに甘すぎる……!!!

現実ってものが
まるで見えてない!)

メグ
「あ、まって……!」

ちらと後ろを見ると、
メグが慌てた様子で、
こちらに走って来る。

氷室零
「!!」

メグの後ろにいる陽は
なぜか嬉しそうな顔で、

私を見つめていた……。


オレたちは
車に買ったものを詰め込んだ。

大人ほどの大きさのある
クマのぬいぐるみは、
家まで配送してもらうことにした。

遊園地に入ると、
たくさんの歓声と、
楽しそうな音楽が耳を覆った。

メグ
「うわあああ……!!」

メグちゃんは
目をキラキラさせ、
あちこちに向けている。


「キャーッ!!!」

メグ
「!」

彼女は声のした方を向いた。

その目線の先で、

ものすごい勢いで
上から下へと、
ジェットコースターが落ちていく。

メグ
「……」

氷室零
「……」

氷室さんは
わずかに顔を引きつらせ、

なぜかこの寒いのに
汗をかいている。

夢野陽
「……だいじょうぶ?
 氷室さん」

氷室零
「えっ!?
あ、ああ、平気だ……」

夢野陽
「そう?
体調悪いのかなと思って……」

氷室零
「い、いや、
そんなことはないッ!!」

彼女はなぜか必死になって、
首を横に振った。

メグ
「ねえねえ」

メグちゃんがオレの手を引いた。

メグ
「あれが、
ジェットコースター?」

彼女は
ジェットコースターを
指さしている。

オレは笑顔でうなずいた。

夢野陽
「うん、あれが
ジェットコースター、
っていうんだよ。

……あ、今出てきた……

あんな感じで、
上に行って……」

ジェットコースターは
頂上で一瞬止まった後、
猛烈な勢いで下に落ちていく。


「キャーッ」
「うわあああ」

メグ
「……」

夢野陽
「落ちてくっていう乗り物」

メグ
「乗りたい!」

氷室零
「ええ!?」

夢野陽、メグ
「!?」

……氷室さんが、
今までに聞いたことないくらい
大きい声を出した。

彼女は
オレたちの不思議そうな顔を見て、
首を横に振る。

氷室零
「……あ、いや、
なんでもない……」

夢野陽
「そう???」

メグ
「陽、乗ろーよ!」

メグちゃんはキラキラした目で、
オレを見つめている。

オレは頬をかいて、

夢野陽
「あー……

ごめん、オレ、
ああいう激しいのは苦手でさ……
気持ち悪くなっちゃうんだ。

悪いけど、氷室さん、
代わりに
付き添ってくれるかな?」

顔の前で手を縦にして、
首をすくめた。

氷室零
「は!?」

……また、彼女は大きい声を出した。

彼女の唇はへの字になっている。

……ものすごく嫌そうだ。

夢野陽
「あ、いやなら
オレが行くけど……」

氷室零
「べ、別に、苦手じゃない!」

氷室さんはなぜか、
顔を赤くして叫んだ。

夢野陽
「そーお?
なら、お願いしようかな♪」

氷室零
「……うっ。
 あ、ああ……」

メグ
「れーいっ、行こ!!!」

メグちゃんは
氷室さんの手をとった。

氷室零
「ああ……」

氷室さんは暗い顔でうなずいた。

彼女は背を丸めながら、
メグちゃんとジェットコースターの
入り口へ向かった。

オレは自販機で
飲み物を買い、

近くのベンチに座って
ジェットコースターを眺めた。

夢野陽
(…………もしかして、

氷室さんって、
ジェットコースター、
苦手なのかな?)

……そう思った時には
すでに遅く、

ふたりが乗ったコースターは
頂上まで
たどり着いていた。


……私はなぜ今、
苦手なジェットコースターに
乗っているのだろう……。

コースターはもうまもなく、
下に落ちようとしている。

私は下を見るのが恐ろしく、
目を閉じていた。

氷室零
(こ、こわい……!
もうすぐ落ちる……!)

その時、
身体全体が、
ふわっ……と浮かんだ。

氷室零
「ひっ」

私は目を開けてしまった。

氷室零
「あっ……」

――空が、きれい―――

そう思ったのも一瞬、

氷室零
「うっ、
うわあああああ!!!!」

メグ
「きゃあああ~!!!!」

身体がどこかに
飛んで行ってしまいそうなほど、
浮いている!!!!!

息が、できない!!!

氷室零
「ひい……っ!!!」

メグ
「きゃあ~~~!!!」

……ちらと薄目で横を見ると、

ありえないことに
メグは安全バーから手を離し、
上に腕を伸ばしている!

氷室零
(あ、ありえない……!!!

うう、早く終わらないかな……)

……こんなことなら、
陽に変な意地をはらずに、
断ればよかった……。


夢野陽
「……あー……」

オレは落ちていくコースターを見つめ、
頬をかいた。

夢野陽
(あの様子だと、
ほんとに氷室さん、
ジェットコースター苦手なんだ……

なんか、
悪いことしちゃったな……)

……数分経って、

乗る前よりも
キラキラした目をしている
メグちゃんと、

ぐったりした様子の
氷室さんが、
オレの方へむかってきた。

メグ
「たのしかった!!!!!!」

夢野陽
「うん、よかったね~」

氷室零
「はあ……」

氷室さんはオレのとなりに、
ドッカと腰掛けた。

夢野陽
「ひ、氷室さん、ごめんね、
苦手そうなの分からなくて……」

氷室零
「いや、いい……
自業自得だ……うっぷ」

氷室さんは立ち上がり、
手で口をおさえた。

氷室零
「わるい、トイレ……」

夢野陽
「あ、うん!」

氷室さんはこれまた
今までに見たことないくらい、

ものすごいスピードで
人の間を縫って、
トイレの方へ走っていった。

彼女が通ったところにいた人々は、
そのものすごい勢いに、

目をぱちくりさせて
振り向いていた。

メグちゃんはその後も、
何度も同じ
ジェットコースターに乗った。

十回乗った後、
彼女は汗を手でぬぐいながら、
オレの方へ戻ってきた。

夢野陽
「おかえり。
もう十回も乗ってるね」

メグ
「うん……
でも、
ちょっと疲れたかも……」

その時、
氷室さんもトイレから戻ってきた。

汗が滲むその頬はこけ、
げっそりとしている。

夢野陽
「ひ、氷室さん、
大丈夫……?」

メグ
「零……?」

氷室さんは元気なくうなずき、
またオレの隣りにすわった。

夢野陽
「あ、そうだ、
はいこれ、水」

オレは二人に
水のペットボトルを渡した。

氷室零
「わるい……」

メグ
「ありがとー!
……んぐんぐんぐんぐ、
ぷっはあ~」

メグちゃんは
一息で飲み干してしまった。

夢野陽
(す、すごい……)

氷室さんは
オレの横にこしかけ、
ちまちまと水を飲んでいる。

メグ
「……あれ……
なんか、暗い……」

彼女の視線の先を見ると、

「お化け屋敷」
という看板がついた
建物が見える。

夢野陽
「ああ、
あれはお化け屋敷だよ。

中も暗くてね、
歩いていくと、
こわいお化けに襲われるんだよ」

メグちゃんは顔を曇らせた。

メグ
「お、お化け……」

夢野陽
「はは……
さすがに怖いかな。

無理して入らなくても……」

メグちゃんは唇を尖らせた。

メグ
「でも、
陽が何も遊べてない……」

オレは首を横に振った。

夢野陽
「ううん、平気だよ。

遊んでるのを見てるだけで、
満足だからね。

ありがとね」

言いながら、
オレはポケットから
ハンカチをとりだし、

メグちゃんの顔の汗をぬぐった。

メグ
「……」

メグちゃんは
頬を膨らました後、
じいっとお化け屋敷を見つめた。

メグ
「うー……」

彼女はお化け屋敷から
目を逸らし、
あちこちを見まわした。

メグ
「あ!
あれ、かわいい……

何? あれ……」

彼女はメリーゴーランドを見ていた。

夢野陽
「あれは、
メリーゴーランドっていうんだよ。

あのお馬さんの上に乗って、

……あんな感じで、
ぐるぐる回れるってやつ」

メグちゃんはまた、
目を輝かせた。

メグ
「あれ、乗りたい!!!
あれなら陽も乗れる?」

夢野陽
「うん、あのくらいなら、
オレでも大丈夫だよ」

氷室零
「ほっ……」

氷室さんが深く息を吐いた。

夢野陽
「どうしたの?
氷室さん」

氷室零
「い、いや、
なんでもない……」

彼女は一気に水を飲み、

氷室零
「ほら、行くんだろ。
私はもう大丈夫だから、
乗るぞ」

メリーゴーランドの方を指さした。

オレは笑顔でうなずく。

夢野陽
「うん、行こ♪」

メグ
「わあーい!!!」

オレたちは
メリーゴーランドのあとも、

さまざまなアトラクションを
楽しんだ。

そして最後に、
観覧車に乗った。

メグ
「うわあ……!
すごい、
どんどんちっちゃくなってく……」

夢野陽
「うん……すごいね」

メグちゃんは
どんどん小さくなっていく景色を、
窓に手を当てて見つめている。
 
メグ
「あ!
……陽の車、あれ?」

彼女は大型スーパーの
駐車場に停めてある、
グレーの車を指さした。

オレはうなずく。

夢野陽
「そうだよ。
よくわかったね」

メグ
「えへへー」

メグちゃんは
満面の笑みを浮かべる。

オレも、
つられて笑った。

……その後も
オレとメグちゃんは、

観覧車から見える景色について
語り合った。

ふと、窓のところに、
氷室さんの顔が見えた。

夢野陽
「……!」

オレとメグちゃんを
見つめる彼女は、

今までの
仏頂面のそれとは
別人かのような、

優しい顔つきになっていた……。

氷室零
「ん?」

氷室さんが
オレの方に目を動かした。

オレは慌てて
窓から目を逸らし、
メグちゃんに話しかけた。

夢野陽
「ほ、ほら!
もうすぐ出口だよ!」


帰りの車の中で、
オレはバックミラーを
ちらと見た。

メグちゃんと氷室さんは、
寄り添って眠っている。

メグちゃんは
口の端からヨダレを垂らして、
むにゃむにゃと
何か寝言を言っている。

氷室さんは、
いつもの仏頂面が
想像つかないくらい、

子どもっぽい顔をしている。

夢野陽
(……いつも
家にこもりきりだったし、

たまにはいいなあ、
こういうのも。

メグちゃんははしゃいでたし、

氷室さんも
楽しんでくれたみたいだし、

……よかったなあ)

自分の口角が
上がっているのを感じる。

まぶしいくらいの夕陽が
車内へと差し込み、

オレたちを
優しく照らしていた……。

夢野陽
(たとえ、
法律では許されない
「家族」だとしても……

やっぱり、オレは、
今のこの瞬間が、
大好きだ……)


夢野陽
「あちゃー……

さすがに、
お金使いすぎたか……」

二人が
寝静まったあとのリビングで
家計簿をテーブルに広げ、

オレは頭を抱えた。

夢野陽
「うーん、
あのクマのぬいぐるみが
痛かったなあ……」

ペンで頬をかいた。

夢野陽
(だけど……)

クマのぬいぐるみを見て
はしゃぐメグちゃんの姿が、
頭をよぎる……。

夢野陽
「ま……いっか。
喜んでくれたし!」

家計簿の
今日の合計のところに、
赤ペンで花丸を描いた。

■イメージ画像のためにお借りした素材一覧

※敬称略

▼立ち絵

・わたおきば

▼背景

・ログハウス外観:背景素材屋さんみにくる

・ログハウス内観:BGスポット

・車内:みんちりえ

・大型スーパー:meromi

・くまのぬいぐるみ:いらすとや

・メグの実家:背景素材屋さんみにくる

・フードコート:AIPICT

・駐車場:みんちり

・遊園地:背景素材屋さんみにくる

・空:きまぐれアフター背景素材置き場

・観覧車:みんちり