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データを使って魚を速く効率的に育てる秘訣は、週と月で視点を変えること

「魚をうまく育てて利益を残す」ということを経営の視点から考えると、大切なことは以下の3つに分けられると考えています。

1.速く効率よく成長させる
2.死んでしまう尾数を抑える
3.いい状態(単価が高い)で出荷できる魚を増やす

この3つを何かわかりやすい指標で管理、分析することを考えます。


次元を減らせば比較ができる

データを比較するときに異なる生簀や種苗をフラットに比較できると嬉しいですよね。そうすると、大事なのは尾数や平均体重などの要素を捨象することになります。つまり高次元データの次元を減らすということです。

たとえば、多くの生産者さんが給餌量を記録していると思います。しかし給餌量は実は合算したり、平均したりしただけでは実はあまり意味がありません。それは給餌量というデータの次元が高いからです。分かりやすい例を考えてみます。以下のAとBの生簀について、Aで200kg、Bで100kgの給餌をしたとします。
A:10,000尾 100g/尾
B:5,000尾 1kg/尾
さて給餌量が多いのはどちらでしょうか。これはAですね。では1尾あたりではどうでしょうか?Aは20g、Bも20gです。同じですね。あれ?でもBの方が平均体重が重いですよ?ということはより多く給餌できたのはA…ですかね…?なんだかよくわからなくなってきましたね。

給餌量を説明するためには魚種、尾数、平均体重、水温といった様々な変数を導入する必要があります。これが指標としての次元が高いということの意味です。

2番目の「死んでしまう尾数」は生簀内や種苗の池入時の尾数を母体にした割合を見ていけば、比較ができるようになりそうです。2000尾で200尾死ぬのと、20,000尾で200尾死ぬのは全体に占めるインパクトが違いますよね。

3番目の「いい状態で出荷する」もそこまで難しくはなさそうです。出荷数全体でB品数(傷ついていたり、擦れていたりして定価で売れない魚)の割合、つまりB品率を管理すればいいのです。B品数にしていないのは生産規模や時期によって出荷数が大きく変わるからです。これでは生簀や種苗間で適切に比較することができません。

問題は1番目「早く効率よく成長させる」。これです。給餌量は上記で述べた理由の通りで、適切であるとはいえません。様々な変数によって変化してしまうものだからですね。解釈に揺らぎが発生しやすく、分析用の指標としては向いていません。

増肉係数は本当に万能な指標なのか?

養殖生産者であれば知らない人はいない超重要指標、増肉係数を把握するという方法もありました。増肉係数とは1kg魚を太らせるのに何kg餌が必要なのかを示す指標です。魚種によって大まかにどれくらいかというのは過去の研究や飼育実績からもわかっています。ただこの指標だけを生産効率を示す指標と見なしていいのかには僕は疑問があります。

なぜなら究極、餌をやらなければ、増肉係数は高くなるはずだからです。増肉係数は給餌量と増肉量の関係性しか示してくれません。たとえばこんな感じで1尾あたりで見たときの給餌量と増肉量の関係性を考えてみましょう。

増肉量 100g エサ 300g →増肉係数3
増肉量 50g エサ 100kg →増肉係数2

増肉係数だけでいうなら後者の方が優秀ということになります。しかし問題はそれでいいのかということです。趣味ではなく事業なので、まったり育てていていつまでたっても魚が大きくならなければ商売は成立しません。

給餌をするのは魚を大きくしたいからです。魚を大きくしたいのは出荷して売上を立てたいからです。そして使える生簀の数には上限があります。毎年決まった時期に稚魚が入ってくるのですから、その時には空の生簀がある状態を作らなくてはいけません。魚が売れる時期も決まっています。内水面なら春から夏、海面なら冬が売上を上げるうえでは繁忙期となります。このタイミングに良い魚ができているかは重要です。産卵をすれば魚は痩せます。夏はエサ食いが良くても冬はなかなか食べてくれません。

本来はこうした様々な事情や時期の特性を考慮して、いつまでにどれくらいの魚をつくりたいのかという計画が先だってあるはずです。その計画に対する評価指標のひとつとして増肉係数があるという構造で捉えないと、養殖の生産管理指針や経営指針を誤ってしまうのではないかと思います。

増肉量を因数分解してみる

とはいえ、増肉係数以外にこれを見るべきみたいなものは僕の中にはありませんでした。そこで学術的にどういう整理がされているのかが気になり始め、魚の効率的な飼育方法を研究した論文を何本か読んでみることにしました。ビジネス側からアカデミック側に振ってみることで、新しい視点や観点を獲得したいと考えたわけです。何本か論文を読んでみると、耳慣れない単語が複数回登場してくることに気づきました。それが「日間給餌率」と「飼料効率」です。

日間給餌率は%/日というなんともわかりづらい単位で表現されます。期間中の平均的な尾数、平均的な重量の魚1kgに対して、毎日何%給餌しますか、という指標が日間給餌率です。もう少しわかりやすくいうと、魚体重の何%給餌したの?ってことですね。2kgの魚に100g餌をあげたら日間給餌率は5%/日になります。マダイだとざっくり3%くらいになるそうです。日間給餌率のいいところは生簀ごとの個別性を捨象できていることです。生簀内の尾数や平均体重の影響を受けないので、比較に使えます。

飼料効率は増肉係数の逆数です。飼料がどれくらい効率よく魚の肉に転換されたかという数字ですね。こういうことです。本質的には増肉係数を管理するのと変わらないですね。 ↓

増肉係数=給餌量/増肉量
飼料効率=増肉量/給餌量=1/増肉係数

要するに魚にどれだけ餌をあげて(日間給餌率)、その餌がどれくらい効率的に肉に転換されるかを考える(飼料効率)と、増肉量が計算できるよねということです。わかりやすくいうと魚の成長、つまり増重量を量と効率に因数分解してみました!ということです。

将来の平均体重は予測できるか

ただこれだけだと、因数分解しただけです。知りたいことに対してはダイレクトに答えられていません。欲しいのは「どうすれば魚が速く効率的に大きくなるか」です。

魚がどのくらいのペースで成長するのか(=増重するのか)を考えてみると、成長が急に2倍、3倍になることはあまりなさそうですし、産卵や病気などを除けば給餌をしているのに体重が減るということもなさそうです。なんとなく横軸に時間、縦軸に平均体重をとってグラフにプロットしてみると、おそらく平均体重の時系列推移はざっくり1次関数で近似できそうな気がします(一般化線形モデル)。

さらにここで飼料効率を定数であると仮定してみます。目的変数である平均体重の増重量を量と効率に単純化して因数分解しているので、飼料効率さえ固定してしまえば、給餌量から平均体重を予測することができるようになります。

こうすると、目的変数である平均体重YはY=AX+Bの形で表現できるということになります。一次関数の傾きAは飼料効率、Xは給餌量、Bは池入時の平均体重です。

遅行指標と先行指標

指標は概念的に先行指標、一致指標、遅行指標の3つのいずれかの特性を持ちます。たとえば、「失業率」は遅行指標です。失業したとい事実よりも後にならないと失業率は計算できません。一方、先行指標は事実や結果を先取りする形で指標が動きます。「株価」とかそうですね。労働市場で考えると「新規求人数」も先行指標です。採用数が増える前には求人数が増えます。一致指数は市場の状況に連動して動きます。「有効求人倍率」は一致指数の一例です。

今回の養殖の生産管理で考えた場合、飼料効率や増肉係数は遅行指標です。給餌して1か月後や3か月後に重量を測ってその結果から計算をしないと計算できません。3か月後に「なんか全然成長してないじゃん!」と思っても、その3カ月の時間も給餌にかけたコストももう返ってこないのです。覆水盆に返らずです。一方で日間給餌率は先行指標です。先に決められるものなので、生産者さんからすると一番コントロールしやすい指標になります。

現場は常に魚の様子を見ながら最適な給餌行動を模索しています。そこに長年の経験と勘、鋭い観察力が詰まっています。遅行指標はモニタリングにはいいですが、結果を見ながら意思決定を柔軟に変えていくことを考える場合は不向きな指標です。増肉係数を追うだけでは、現場の小さな変化や大切な勘所におそらくなかなか気づきづらいのではないかと思います。

データを活用しながら現場の経験や勘と答え合わせをしていくのであれば、先行指標である日間給餌率をKPIとして設定すべきでしょう。増肉係数を把握することには意味がありますが、何が目的なのか冷静に判断すべきです。

月で計画を立て、週で予実を管理する

こうすると考えるべき問いは2つだけになります。

❶遅行指標:飼料効率や増肉係数はどの期間でモニタリングすべきか
❷先行指標:いつどのように日間給餌率を確認したり変更したりすべきか

1週間程度で魚が大きく成長するということは一般的には考えづらいですし、業務上の運用を考えてみても毎週正確な平均体重を計測するというのはなかなか難しいでしょう。変化量を抑えるのは1か月単位くらいのスパンで十分だと思います。変化量、すなわち増重量を抑えられるということは飼料効率も計算できるということです。1つめの問いは月単位ということでよさそうです。

次に先行指標の運用を考えてみましょう。日間給餌率は生産者さんがコントロールできる指標なので、何らかの基準値を作っておいてその基準値とのギャップを把握できるとよさそうです。

基準値を作るために月単位で給餌計画を立ててみるというのはどうでしょうか。基本的には飼料効率Aは定数と仮定しているので、前月の給餌実績から定数Aを微修正して、翌月の予測に使いまわします。さらに次月に増重させたい量を決めれば、Y,A,Bのすべての値が決まるので平均的に必要な給餌量Xを割り出せます。あとは生簀の尾数や平均体重から日間給餌率を計算するだけです。これで給餌計画が完成します。

週次はシンプルです。まずは生簀ごとの実際の日間給餌率を計算・可視化します。そして計画された日間給餌率に対して計画と実績でどれくらい差分があるかを確認します。給餌が多かった生簀、少なかった生簀を簡単に振り返れるようになれば、翌週の給餌量の調整が可能になるというわけです。これはつまり、給餌戦略を週単位で見直すということです。

まとめると月次のゴールは飼料効率を再計算・確認し、給餌計画を立てること、週次のゴールは計画とのギャップを把握し、翌週の給餌戦略を見直すこと。これが僕の考える、魚を「早く効率よく成長させる」ための基本行動になります。

単純なモデルで精度はこれから

ここまで書いた話は実はいくつかの仮定を前提にすることで初めて成立させることができています。だいぶ単純化しているので、モデルの精度は現時点ではまだまだ低いと思います。まずはシンプルなモデルから試してみて徐々にデータを溜めながら更新していけばいいという考え方を採っています。

たとえば、生物の成長はどこかで上限がくるので(そうでないと体長10kmのブリとかが計算上爆誕してしまうことになる)給餌をしてもだんだんと飼育効率は下がっていくはずです。成長率は一定ではなく、ある点からだんだんと成長が遅くなります。正確には1次関数モデルにはならないはずです。

ロジスティック方程式の解曲線(Wikipediaより転載)

ただ養殖で魚を飼うのは2~3年。飼育効率が下がる手前のサイズで出荷をしているのだと仮定すると、養殖期間の成長曲線は1次関数で近似させてもそこまで大きな誤差がないだろうというだけの話です。どのみち平均体重そのものが代表値ですし、魚体重を寸分の誤差もなく非接触で計測できる仕組みもまだありません。平均体重そのものが粗い数字なのでモデルの正確性より解釈のしやすさを優先させた方が都合がよいのです。

毎月の飼料効率を定数と見なしているのも本当は少し乱暴です。毎月の飼料効率のデータを集めていくと、統計学的に平均値に収斂されるはずだというのはもはやただの仮説です。魚種ごとに生産者さんが参考にしている増肉係数はあるのでそこから大きく乖離した結果にはならないはずですが、正確には水温や魚種、種苗、技術力といった他の様々な説明変数に影響を受けていると思われます。そうすると翌月の飼料効率をこれまでの飼料効率の平均値で仮置きするというのは適切ではないかもしれません。

ビッグデータでモデルの精度を高める

これらのモデルの高度化や予測精度に関する問題はビッグデータを活用することで改善できると考えています。より多くのデータを蓄積できれば、1人の生産者さんだけでは実現しえなかった精度を実現できる可能性があります。

たとえば特定の魚種の飼料効率と日間給餌率や平均体重などの関係性を散布図に大量にプロットしていくと、相関関係の強さがわかるようになります。そうするとゆくゆくは飼料効率も定数というよりは、様々な変数によって重みづけされる変数であると定義できるようになります。そうなれば、機械学習やディープラーニングの手法が使えるようになる可能性が出てきます。

1社で最適化を図る場合、生簀数×月数分のデータしかたまらないので関係性や法則が見えるようになるまで数年間はデータを溜め続けないといけません。それだけスピードが落ちます。

でも各社の飼育データをモデルの精度向上に活用できれば、話は変わります。多くの生産者さんが使えば使うほど、このサービスのモデルの精度は高まります。時間に対してレバレッジを効かせることができるわけです。

日本の養殖事業者は中小規模のところが多く、魚種もバラバラ。だから構造化されたデータがたまりづらく、PDCAも回しづらくなっています。生産管理を標準化し、たくさんの生産者さんのデータを1か所に集約・蓄積することで、大規模養殖さながらの生産効率を実現するというのが日本の養殖業が生き残るために取るべき道だと僕は考えています。

とはいえ、生産管理データは重要な機密情報です。大事な飼育データがすべて他社に丸見えになるようなことがあっては絶対にいけません。データの活用についても、どんなデータをどう活用したいのかを各生産者さんに丁寧に説明し、同意を得ることが大前提です。

8月にサービスローンチします!

まだまだ開発途上のサービスではありますが、なによりサービスに期待していただいている方と本気で養殖業と向かい合って、成功事例を一緒に作りたいと思っています。経験や勘も活かしながら、データを上手く使っていきたいと熱量高く思ってくださる方の力が必要です。一緒に悩み一緒に考え、一緒に未来を切り拓いていきたいです。
もし少しでも興味をもっていただける方は是非、資料請求でも無料トライアル(正式リリース後からですが)でも構いません。お気軽にお問合せください!

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