自宅ラボ化計画 その1
2020年より続くコロナ禍ですが、私にとっても出端を折られる出来事でした。というのも、科研費を初めて獲得したにも関わらず、調査に行けなかったり、大学の施設が利用できなくなったためです。寄生虫の分類の研究は顕微鏡があればできると言われていました。しかし、使用する顕微鏡はそれなりの性能が必要です。しかも、近年はDNA解析もセットで行われるため、大学などの専門的(高価)な機材をそろえた施設の利用が必要になります。
自粛中は論文を書こう!
コロナ禍が始まった時は、「ニュートンはペストが流行した時に、避難した故郷で万有引力の法則の論文を書いた。みんなも論文を書こう!」と言われていました。しかし、私のように論文のネタのないものからすれば、調査に行かなければらないし、何より大学に代わる新たな研究室を作る必要がありました。それが、「自宅ラボ化計画」です。安価(税込10万円未満)で性能の良い実験器具を少しずつ買い集めていく計画です。ちなみに、10万円未満としている理由は、科研費の場合、税込10万円以上する物品は所属機関に寄与されるとあるためです。
DNAを増やす機械です
最初に紹介するのは、一番最近購入したサーマルサイクラーです。これは、PCR検査にも使われるDNAを増幅させる装置になります。チューブと呼ばれる容器の中に、検査したいDNA,ヌクレオチド(DNAの材料), DNAを増やす酵素, プライマー(DNAを増やすきっかけを作る薬品), 水などを入れて、サーマルサイクラーにセットします。この溶液の中で起こっている反応の説明はここでは割愛しますが、この装置は容器内の温度を変化させることで、酵素やプライマーの働きをコントロールしています。簡単に説明すると、90度以上にするとDNAがちぎれ、50度前後に下げるとプライマーがちぎれたDNAに結合し、70度前後にすると酵素がDNAをつくります。これを何度も繰り返してDNAを大量に増やします。
米国から直輸入が最安値
さて、私が今回購入したのは、アメリカのマサチューセッツ州にあるAmplyusという会社が販売するminiPCR®mini8です。(https://www.minipcr.com/)
値段は650米ドルで、送料が250米ドルでした。ギリギリ目標の10万円を切ったと言いたいところですが、最近の円安の影響を受けて、余裕で10万円以上しました。しかも、オモチャみたいな装置が届いたので、少し不安になりました。ちなみに、大学などに置いてあるいわゆるメーカー品を購入しようとすると安いものでも20万円近くするので、かなり安いです。
マニュアルがない?
マニュアルもろくになかったので、使い方を理解するのに時間がかかりました。しかし、使い方がわかってくると、このサーマルサイクラーの小ささと安さの理由がわかりました。Mini8という名前の通り、チューブを8つしかセットできないのでとても小さくなっています(メーカー品は32個以上セットできます)。しかし、メーカー品のサーマルサイクラーとの一番の違いは、先述した温度調整を行うコンピューターを内蔵していないところだと思います。自分の持っているデバイス(PC, タブレット, スマートフォン)にダウンロードしたアプリで行います。
試運転
先日、実際に使えるのか試運転してみました。サーマルサイクラーをPCに繋げると、USBメモリを繋げた時と同じようにフォルダが現れて、その後フォルダの中のアプリを起動させます。その後、アプリ内で温度設定を行い、反応をスタートさせます。ところが、いざ始めるとサーマルサイクラーをPCに繋いだ途端に動き始めました。途中で止めるわけにもいかないので、最後まで進め、DNAが増幅しているか確認してみました。その後の結果も成功だったので、お金の無駄遣いにはなりませんでした。
この装置の使い道
このサーマルサイクラーは誰かに勧められるものではありません。個人的にPCR法をしたいという方にはちょうどよいかと思いますが…。為替の影響もありますが、10万円以下で購入できることを考えると、新たに分子生物学実験の設備を用意したい高校には適切なのではないでしょうか?中学校や高校向けの研究助成金は5〜30万円くらいです。メーカー品のサーマルサイクラーでは、足りないか全額を使い果たしてしまいます。このサーマルサイクラーであれば、ちょっと足りないか、残りのお金で酵素なども買えます。
1851年のロンドン万博では顕微鏡が出品されたそうです。それが、いまや中学校や高校の実験で、一人一台利用できるようになりました。1990年代にできたばかりのサーマルサイクラーですが、とてつもない勢いで技術が進歩しています。技術の進歩とは、機械の精度が上がって、値段が下がるだけではありません。このコロナ禍で小学校や高校でも、タブレット端末やPCを個人で持つようになりました。これらの端末が、機材の制御を補助することができるようになり、専門的な機材が身近になっていくと思います。かつては、専門的な機材の一つだった顕微鏡が、一人一台利用できるようになったのと同じく、PCR法も身近な実験になる日も遠くないと考えています。