ひとりひとりのコミュニケーション [Footwork & Network vol.25]
「文京区青少年プラザ b-lab」(以下、ビーラボ)で私は活動している。
ビーラボは文京区に在住・在学・在勤の中高生世代であれば誰でも利用ができる、文京区教育センターの中にある施設だ。ここで勉強をする子もいれば、ゲームで遊んだりする子もいる。ホールや音楽スタジオも完備しているので、運動やバンド活動もできるのだ。
「自分にもこんな場所が欲しかった!」と私は利用者の中高生を常々うらやましがっている…。
今回のF&Nでは、ビーラボでの活動のこと、その中で出会った「えつおさん」という人を紹介したいと思う。
活動のはじまり
ビーラボを知ったきっかけは、ゼミの長岡先生の紹介だ。子どもの教育に興味がある私はすぐスタッフに応募した。そして4月から、大学生・社会人ボランティアの ”フロアキャスト” として活動をすることになった。
フロアキャストは週2でビーラボに通う。自分の場合は中高生とマリオカートをしたり、授業や部活で起きたことを聞いたり、歴史のクイズ大会をしたり。こうして書くと、やってることはただ遊んでるだけに思えるかもしれない。
しかし、その役割は中高生とナナメの関係になることにある。
ナナメの関係
ビーラボの運営は、文京区が認定NPO法人カタリバに委託して行われている。ナナメの関係とは、そのカタリバが目指す中高生とフロアキャストの関係のことだ。
自分もそうだったが、多くの中高生は家と学校の行き来でほとんどの時間を過ごしている。そして、そこで持てる関係は「タテの関係(親や先生)」もしくは「ヨコの関係(クラスの友達など)」だけだ。しかし、この2つだけじゃない居場所と関係が中高生には必要なはずだとカタリバは考えている。
だからビーラボはただ学んだり遊んだりするための施設ではなく、中高生にとって学校でも家でもない居場所になれるよう目指している。そしてそこで活動するフロアキャストはタテでもヨコでもないナナメの関係を目指しているのだ。
…ところが、これがものすごく難しい。
このナナメの関係については、活動のはじまりに説明を受ける。そしていきなり中高生のいる実践の場に挑むのだが、4月のうちはどう声をかければいいか分からず、話を始めるのも大変だった。「何やってるの?おれもいれてよ」とボードゲームをしてるとき声をかけたら、無視されてしまうこともある。
うまく話ができたとしても、そこからはちゃんと”関係がナナメになれるかどうか”だ。
例えば中高生との間で最もよくあがる話題は「勉強だるいので授業もテストもやりたくないです」だ。どう返せばいいか、毎回悩む。
これに対して、「勉強はやらなきゃいけないんだから、頑張らないと」と返すのは正に親や先生が言いそうなことだ。タテの関係になってしまう。しかし、「いや分かるよ、まじでだるいよねー!」と同調だけしてしまうと友達のヨコの関係になる。
そこで自分が出した答えは「やりたくない気持ちはすごく分かる、俺もこのあとやらなきゃいけない課題があるだよね。だから一緒に頑張ろう」という返しだ。
これだったらタテにも寄らずヨコにも寄らず…いい感じなのでは!と思っている。
えつおさんとの関わり
このように、どうすれば中高生とナナメの関係になれるのかは今でも探り探りだ。活動の中では、あの時どうすればよかったのだろうという関わりも数多くある。
だからフロアキャストにはサポートしてくれる存在がいる、それがビーラボの職員さんだ。職員さんとは活動が終わるごとに「今日どんなことを心がけたか、どんな関わりができたか、次はどうしたいか?」と振り返りを行う。
そして「えつおさん」もビーラボで働く職員さんのひとりだ。今回は先日にあった、えつおさんとの振り返りを紹介したい。
テスト期間の出来事
中高生は6月末になると期末テストが始まる。自分がシフトに入ったとき、談話スペースは驚くほど静かでビックリした。この期間ばかりはビーラボでもほとんどの子が勉強に集中している。
そして自分にとってはフロアキャストとしての関わり方に悩んだ期間でもあった。ゲームならまだしも、勉強をしてる最中に話しかけるのは邪魔になると思ったからだ。
実際、7/3の活動では勉強をしていた子には全く声をかけなかった。そして、えつおさんとの振り返りではそのことを共有した。
「今日はみんな勉強に集中していたので関わりをもつことができなかったです。」
えつおさんから返ってきた言葉は「本当にそうかな?」であった。
「例えば、みんな勉強に集中してるといってもずっと集中してるわけじゃないよね?イヤホンを外すときや背伸びをしていたときもあったはず」
そう言われてみると、タイミングを計れば声をかけることもできたはずだった。
「それになんでビーラボに来てるかも考えてほしい。ただ勉強に集中したいだけだったら、自習室や図書館の方がよっぽどいいよ」
そこまで言われて、はじめてテストを言い訳にして関わりを諦めていた自分に気がついた。逆に、こうした期間だからこそ家でも学校でも中高生はストレスが溜まっているはず。もっと何かできることがあったのではないか…
…こんな風に職員さんと活動を振り返ることで、自分が気づけなかったことに気づくことができる。そして、同じ場所・同じ時間を過ごしていても自分よりも中高生をよく観ていることが分かるのだ。
教科書を勝手にみる作戦
そのとき自分は気になったので「もしえつおさんだったら中高生が勉強に集中してるとき、どうしていますか?」と質問をした。えつおさんは少し考えたあとに「教科書を勝手にみるといいよ!」と教えてくれた。
えつおさんから教えてもらった方法を翌日に実践してみることにした。
教科書を開きながらスマホをイジる高2の子がいたので、「あ、この数学の本すごい懐かしいなあ。みていい?」と言って手に取った。
しばらく勝手に読み進めてると、向こうから「ここの問題がむずかしいんですよね」と話しかけてきた。「そうなんだ?俺もわかんないな」と返すと「この前に習うOOの公式を使わないと解けない問題で…」と向こうから解説をはじめてくれた。
それが会話のきっかけになって、普段の学校のことや休日の過ごし方まで教えてくれた。そしていま抱えてる悩みも少し話し合うことができた。
こんな風に本音を打ち明けるところまで話せたときは、いい関わりができた手ごたえを感じられる。そのきっかけが出来たのは、えつおさんの教えてくれた方法のおかげだと思った!
だから次も同じ方法で話しかけようと思った。
また近くに座っていた中学生の子に「懐かしいから読んでいい?」と声をかけ教科書を読み進めた。
…そこから全く反応は帰ってこなかった。
ただただ自分が中学生の教科書を読む謎の時間になってしまった。
そして、何となく気まずいままその席を離れた。
振り返った時に気づいたのは、自分はえつおさんから教えてもらった方法を絶対に成功するものだと思い込んでいたことだ。いちど上手くいったから、次の子も同じようにいくと思っていた。そして相手の様子を見ないまま、「これさえやっとけばいい!」と思ってむやみに同じことを繰り返していたのだ。
いい関わりをするためには、相手をよく観察して、なにを言うか考えて、そのときそのときで振る舞いを合わせることが大切なのだと思った。そして、これからは手段や方法ばかりに頼るのではなく、そんなひとりひとりに向き合うコミュニケーションをとっていきたい。
最後に
これはビーラボに限った話ではないと思う。普段の大学生活やアルバイト先ではどうだろうか。正直、ビーラボで考えてるようなことまで意識してコミュニケーションは取れていない。目の前の人のことを観察して何を話すかなんて、ほとんど考えられてなかった。
後日、このことを記事にしたいとえつおさんに頼んだとき、自分がコミュニケーションについて考えたことを話した。
えつおさんからは「俺もそう思う。相手の表情やしぐさを観察して捉えることはコミュニケーションにおいて何ら変わりないよね」と言ってもらえた。
そして「ちなみに俺は中高生だから特別に意識してることなんて何ひとつないよ」と話してくれた。
えつおさんは活動先の中高生相手だから…と振る舞いを変えることなく、普段からそんな誠実なコミュニケーションを心がけている。だからこそ、ビーラボの中高生のことも、フロアキャストの自分のこともよく観ることができるのだろうな。