20190422 言葉に出来ない≠考えていない

先週、友だちと話していて「人と話す時に、自分からは話し出せない」といった質問を受けた。

自分の経験から考えられることを伝えたつもりだったけど、納得いくような解決には至らなかった。

その後も、会話中には思いつかなかったことをLINEで送った。

でも返事はなかった。

そのことが引っかかっていて、何度も自分の伝え方を反省したり、(情けないけど)友だちに腹が立ったりしていた。

自分の中でモヤモヤを消化できないでいたけど、ある言葉に出会って消化できた。

対話は、言葉だけで行われるのではありません。真の対話が行われるとき、もっとも雄弁なのは「沈黙という言葉」である場合もあります。
(若松英輔「考える教室 大人のための哲学入門」)

質問してくれたその友だちの良い点は、言葉の向こう側にとてつもない広がりを持っているところだった。

言葉を紡ぎだすのに、時間がかかっているからといって、なにも考えていないわけではないのだ。

自分も言語化がまだ得意じゃないから、この問題については何回も直面してるのに、相手のことになると腹を立てたりしていた。

今後は、言葉の奥を想像しよう。言葉にならない部分も想像しよう。言葉という器に収まりきれなかった部分も想像しよう。

そうすれば自分のことが好きな自分でいられるかもしれない。

#日記

いいなと思ったら応援しよう!