創作小説「ルナの鍵人」#5 少女ルナについて
「あー、説明してなかったね。ルナ、君は紀元前の世界に戻ったんだよ。」
(紀元前…。)
賑やかな客の声が遠く聞こえた。
いやいやっ、意味が分からない。
私が顔をしかめても気にせず彼は何も言わずに食に戻った。
お酒を片手に肉を食べる守護霊の様子を見て、ハヤリヤエは目を輝かせて驚いていた。
私達の会話の内容など耳に入ってない様子だ。
一方タネルは酒を少し飲んではなんともいえない顔をしている。あまり美味しくないのだろう。
彼と目が合った。
「ルナも飲みなよ」
「えっいや、私、未成年……だよね?」
守護霊の方を見るとこくっと頷いた。
「ルナは18歳だよ。まぁでも、この国では大人扱いさ。飲んでみたら?」
にやりと彼が笑う。
「ちょ〜2人ともやめて、ルナちゃん嫌がってるじゃん。」
そう言いながらあなたはもう飲み干してるじゃないか。
綺麗な顔して意外と強い人だ…。
「まぁ、とりあえず僕が1番伝えたいのは、2人にルナの面倒を見てやってほしいってことかな」
「えっ、私とタネルに?」
タネルは急に自分の名前が呼ばれてびっくりしている。そっか、彼には守護霊の声が聞こえてないんだった。
「ああ、僕はルナに大事なことをしてもらうためにこの時代に連れてきたんだ。けど、それをするには君たちの助けがいる。」
ハヤリヤエがタネルに早口で彼の言葉を伝え、2人は眉をしかめながらもそれを受け入れた。
(優しい人達だな……)
さっきまでお酒を一気飲みして、肉をおかわりしまくっていた人達とは思えない。
それより、私が果たすべき大事なこととはなんだろう。
私が守護霊に質問する前に、彼はタネルに言った。
「とりあえず、君たちの家に彼女を住ませてやってくれないか?詳しい話はまた後々するよ。」
「……」
「あ、そっか、聞こえてないんだった。」
ハヤリヤエが笑ってタネルに彼の言葉を伝えようとする。そこで守護霊が「いいよ」と止めた。
「テレパシーで伝える」
テレパシー使えるの⁈すげぇ……。
タネルは数秒間ぼんやりと眠たそうな顔をした後、目を大きく開けて何かを閃いたように私達の方を向いた。
「待って!!俺、なんか今!守護霊の言葉が頭に入ってきたんだ!!」
ハヤリヤエが感心しながらも、タネルの様子に耐えきれなくなって笑い始めた。
彼女はゲラなんだなぁ、少なくとも彼の前では。
そして、私自身も少し口角が上がっていたことに気づいた。
食事を終えて、店を出ると守護霊が私に声をかけた。
「ルナ」
帰り際、守護霊が声をかけてきた。珍しく真面目な表情をしている。
「これから2人にしばらく世話になるけど、大丈夫そう?」
大丈夫そうって…。ここで何を言っても2人とは長い付き合いになるだろうに。
「うん、大丈夫。」
「……」
「?」
彼が何も言わないので不安になっていると、
タネルが遠くの方から声をかけてきた。
2人は私たちが立ち止まって話しているのに気づかず、先に進んでしまっていたようだ。
「ルナーー!!どうしたの??」
「あ、いやっ、今行く!!」
私は焦って体をタネルとハヤリヤエの方へ向けて、歩き出そうとした。
「ルナ」
「っ?」
守護霊はまた声をかけてきた。少し笑ってしまう。しかし、彼から出た言葉はいたって真面目なものだった。
「人として、もっと生きる覚悟を持つといい」
(へ?)
急に何を言い出すんだ。
「確かに世の中には意地の悪い奴も沢山いる。けどさ、」
そこで彼は向こうからこちらを見つめている、2人の方に顔を向けて言った。
「人間を信じることも同じくらい大切なんだ。それは未完成な人間と、そして自分と本気で向き合う覚悟のある奴ができることなんだ。」
覚悟……
その言葉が私の胸の中の何かを震わせた。
「っ」と思わず息が漏れる。
「あのさ……」
守護霊の目をまっすぐ見つめる。
「こういう風に…私にメッセージを伝えたことって、今までにもある?」
彼は少し驚いた顔をしたが、美しい髪をなびかせて、顔を縦に振った。
(そっか……)
「分かった、ありがとう」
私は2人の方へ駆け出す。
そして思った。
自分は今まで、生まれてこの方、守護霊からもらっていたであろうメッセージに気づいていなかったかもしれない。
彼はずっとそばにいて、何か言ってくれていたかもしれないのに。