あらすじ 戦国の世。山で暮らす左吉夫婦は、辛い過去を背負いつつも慎ましく生きていた。薬を買いに城下に出かけた左吉は、信長の南蛮菓子が病を治すとの噂を耳にする。病の女房のため、武功を上げて南蛮菓子を手にすると決めた左吉だったが、いざとなると人殺しが嫌になり逃げ出してしまう。後悔から骸の弔いに戻った左吉は、盗みを働くさゆり、雑兵の弥兵衛と共に手を組み落城の名案を思いつく。ある日、弔い坊主から女房が死んだとの噂を聞いた左吉は、自暴自棄から戦での死を望むようになってしまう。一方、戦場
富山県魚津市にある埋没林博物館では「キンキラリ魚津の金山展」が開催されています。昨日は講演会を拝聴させていただきました。 お隣り新潟県の佐渡島の金山が7/27世界文化遺産に認定され、今まさに注目が集まる「かねやま」の「松倉山」がテーマでした。 「かねやま」や「3D坑道調査」のお話はとても興味深く、そちらの話にも触れたいのですが、「スラグ」というワードがどうにも気になりましたので、本日はそちらの話を書きたいと思います。 戦国時代から江戸時代――日本では金や銀の鉱脈が発見され、
noteに登録したのは7月に入ってからです。 SNSでたまたま創作大賞を知ってしまい、これは!と思い立ち行動に出ました。 公募に応募(早口言葉みたい)するために書いた作品たち……残念な結果は置いといて、宙ぶらりんで、なんだか不完全燃焼で、悲しかったのです。 応募した一作品は、当初一万字くらいでした。継ぎ足して、膨らませて、なんとか二万字にしました。最初とぜんぜん違う内容になりましたけど。もう一作品は二万字超えてたので、ほぼそのまま応募。昨日やっと投稿が終わりました。 バン
助っ人とは係長の東野さんだった。 東野さんは長期の研修に参加して、4月にはこちらに戻っていたらしい。僕がほとんど接する機会がなかったのは、お互い現場回りで不在だったからだ。 しかし係長を「アイツ」呼ばわりするとは、二人には何か因縁でもあるのか。 「東野は寡黙な男だ。黙って、ただ掘って掘って掘りまくる。うるさくて細かい俺とは大違いだ」 そこは納得できた。どんな仕事も黙々とこなす係長は、三輪先輩と正反対だと容易に想像がつく。 週末の早朝。集合場所に向かうと、白いSUV
その晩はなかなか寝付けなかった。教授の言葉が頭の中で、何度も何度もリピートされたからだ。 「石上さんは、山で鯨を見つけたんだ」 父は軽い内輪話をしただけかも知れない。 なぜなら教授は伊佐摺渓谷に足を踏み入れておらず、詳しく話を訊いたわけでもなさそうだった。 父は教授になぜ詳しい話をしなかったのか。おそらく確信が持てなかったからに違いない。 あくまで仮定だけど、単独で渓谷に行ったのなら、上流で「何か」を見つけていた可能性もある。 事実、日本でも恐竜の化石が発掘され続
12時を回って、僕は吉野さんと近くの定食屋に向かった。 「さっきはゴメンね。久能課長が出掛けたタイミングで見学依頼があってね。事務員さんが困っちゃって」 「そうでしたか」 吉野さんは春まで課長を務めた方だ。事務員さんに頼られても何ら不思議はない。 調査課はさまざまな理由で他の課とは別の場所に設置されている。そのため調査課で一般客の見学を受け入れることはない。 だが、稀に他県の調査課や学校から見学にくることはあった。 「で、話の続きをしてくれるかい?」 「はい、ええと」
「おじいさん、脚から血が出てるよ。怪我でもしたの」 「ああ、これは藪で引っ搔いたんだわ。歳だから治らんでな」 さゆりは心配そうに覗きこむ。そして頭から手ぬぐいを外し、左吉の脚に巻きつけた。 「すまんな。ところで城下では連れがおったではないか。どうしたのだ」 さゆりはしばらく黙っていた。 「城下にいたのはね、南蛮菓子の噂を聞いて食べたくなったからだよ」 「そうだったか」 儂もそうだった。南蛮菓子が病に効くと噂を聞いて、雑兵になった。それなのに、肝心の南蛮菓子を手にすること
夜も更けて山城周辺には静けさが戻った。火縄銃の煙がいまだ残り、山は麓まで靄がかかっている。 逃げだした敵は少数だが全滅に追いこんだ。しかしながら城からの大がかりな援護に、大勢の味方が痛手を負ってしまった。 左吉は何度か手ごたえを感じたが致命傷はなかった。寝床に戻り、山で採ってきた野草を手足の傷に貼りつけた。 「じいさん、弥兵衛はどうした」 仲間が訊いてきて、左吉はようやく弥兵衛がいないことに気づいた。 「知らん。まだ戻っておらんのじゃろ」 「仏になっちゃいねえだろう
左吉は蛇の卵を探すことになった。若侍に命をうけてのことだ。 「たしかに時はかかるが先の見えぬ策ではない。どうだ。蛇の卵を探すことはできるか」 「はい。たやすいこと、山はよく存じておるで」 左吉はまず近くの池に向かった。蛇は卵を水辺の石や落ち葉の下、土の中に産むことが多い。親蛇に出くわさないよう慎重に探して回った。蛇は夜行性なので欲張らず、陽が落ちる前に引き上げることにした。 その晩遅く、若侍が左吉たちの寝床にやってきた。相変わらず供は連れていない。 「どうだ。見つけたか
時間の猶予はない。急いでかずら橋の袂まで戻り、道路を川下へと下っていく。 「あっ、あった。川原だ」 緩やかにカーブを描く道路下に石の川原が見えた。ガードレールから覗くと鉄梯子があり、錆びているようだが下に降りられるようだった。 さっき落とした遺物があるわけない。しかし何かに急かされて足を掛けると、鉄梯子はギューギュー壊れそうな異音を上げた。 川原は流れに沿って伸びている。幅はそれほど広くないが、流れまでは5、6メートルあるだろうか。 大きな岩もあるが、手のひら程の比
雑兵らは夜が明けても深く寝入っていた。 疲れた。ひと眠りして家へ帰ると決めた左吉は、寝床へ戻って泥のように眠った。 ――旨そうなにおいがする。 昨日からなにも食べていない。女房がなにか焼いているのか。儂はとうとう女房の待つ家に帰ってきたのか。ああ良かった。まっこと良かった。ふね。おまえも元気になって良かった――。 先に気づいたのは木の上の住人だった。下に降りてきて左吉を揺する。 「なあ、じいさん。この女子を知っておるのか」 目を開けると、眉を寄せた弥兵衛が左吉の顔を
米がなくとも銭があればどうにでもなる。しかし銭がない。 まさか仲間の者が……と思ったが、あの連中が姑息な真似をするだろうか。左吉は頭をぶるりと振った。 腹は正直なもので、食べ物を入れてくれとぐうぐう鳴いている。仕方なく山へ食べる物を探しに入り、半時ほどかけて大きな山の芋を掘りあげた。左吉は野宿している大樹の根元に腰かけて手に入れた山の芋を齧った。 しばらくすると、はらり、はらりと青い葉が落ちてきた。奇妙に思い見上げると、ふたつの目玉がぎょろりと見えた。そして上からドド
犬山城下に大きな音を立てて騎馬武者が駆けてゆく。 砂ぼこりの舞う中、民らは頭を下げてやり過ごした。また戦が始まる。 どこか殺伐とする中、通り脇で通行人を値踏みする男がいた。 「もしや、兵を探いとるんか」 左吉が声を掛けると、男は振りむいて愛想笑いをした。しかし直ぐに無表情に戻る。 「なんか用か、じいさん」 「戦に行きたいんやが」 「あんたが?」男は訝しげな表情をした。 「まあいいや。名はなんだ」 「左吉や」 男は「はん」とだけ答えて立ち上がり、着流した小袖の裾を帯に
金曜の夜、とある居酒屋で職場の歓送迎会が行われた。 メンバーは久能課長、三輪先輩、事務員の鈴木さん、そして2月に定年退職した前課長と僕の五人だ。居酒屋のコース料理を肴にひたすら呑み、考古学談義をおこなう。 社交的でなく華やかな場が好きでない僕は、ただ人が話すのを眺めながら静かに呑むのがいい。 「おい、葛城君。見てみろ。鯨肉があるぞ」 すこしばかり酔いのまわる三輪先輩が、日替わりメニューの書かれた黒板を指さした。 ――なつかしの鯨の竜田揚げ。 鯨の骨つながりか。僕は先
「一度、こっちに来てくれないか」 父の葬儀から半年が過ぎた或る日のこと、伯父から遺品を渡す旨の連絡があった。父の住んでいたアパートはすでに立ち退き済みだが、実家に置いたままの遺品整理は伯父に任せていた。 僕が最後に父の実家を訪れて10年以上経っていた。山の麓でコンビニも店もなく、民家が数件あるだけの辺鄙な所だ。一日に数本走るバス、もしくは車で行くしかない。僕は車で向かうことにした。 伯父に挨拶して父が好物だった温泉饅頭を供え、仏前で手を合わせた。 「わざわざすまんかった
あらすじ 葛城祐樹は幼い頃から考古学の道を目指し、念願の埋文調査課勤務を射止めた。しかし一番に報告したい父を病で亡くし、発掘した遺跡を埋め戻すことに現実の厳しさを感じていた。父の遺品を引き取った祐樹は黒っぽい骨に興味を持ち、それが鯨の骨の化石だと思い始めた。幼い頃に父と訪れた伊佐摺渓谷で手がかりを探すが、うっかり化石を川に落としてしまう。だが川原に降り立ったことがきっかけで、上流に何かあるのではと気がつく。古本に記された短歌、父の知人だった教授との出会い、先輩の助けも借りて、