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先生が教えてくれた『一期一会』

昔、懐かしい誰かに会いたいな、と思うことってありますか?

お世話になった人とか、楽しく飲んだ酒飲み仲間とか。

僕はあります。

そんな時、僕は思い出の場所に行くのです。

そこへ行けば、会いたい人に会えるから。

魔窟・味園ビルの2階。その歴史は2024年末をもって終わる。

だから僕は昔よく通ったロックバーのドアを開けた。

大量のレコードとウイスキーのボトル。キャッシュオンは昔と変わらない。

まるで往年のロックバンド"ZZ TOP”の出立のようなマスターKozyさん。長い顎髭がトレードマークだ。

ZZ TOP

そのバーのカウンター奥にその写真はあった。

「まさみつ先生、お久しぶりです」

僕はジャックダニエルを2杯注文し、先生に杯を捧げた。

「もう10年になるかあ。月日の流れは早いもんやね。」とマスターのKozyさんが言った。
「ほんまそうですね。最期にお会いできなったのが本当に残念です。」
「癌が見つかって北野病院に入院したけど、アッという間やったからね。しゃあないよ」とKozyさんは慰めてくれた。

当時、僕は屋久島で生活しており、仕事が多忙で大阪に戻ることができなかったのである。

僕は後悔をジャックダニエルと一緒に飲み干した。

まさみつ先生との出会いは、京都での広告セミナーだった。当時、僕は広報の仕事していたので業務の一環として参加した。

先生は小柄で小太りで、とっても愛嬌のある人だった。親父ギャグが炸裂しっぱなしで2時間の講座の間、ずっと笑いが絶えなかった。

講座後の打ち上げで僕と先生はすっかり意気投合し、それから先生は暇さえあれば僕を南森町の事務所に呼び出した。

「グフフフ、怪しいものでありません。まさみつです〜」と携帯電話に着信があると、ぼくは仕事をいそいそと切り上げ、先生の事務所へ行った。

当時、僕は離婚ホヤホヤで結構暇だったこともあり、先生としょっちゅう飲み歩いた。北新地、ミナミ、京橋、天神橋筋商店街をうろうろしながら。僕のイカつい風貌から、「これ、うちのボディガード」と行く先々で先生に紹介されたものだった(みんなそう信じたらしい)。

先生は僕のことを親しみをこめて「こうちゃん」と呼んだ。

僕のことをそう呼ぶ人は、今では五人といない。

僕の名前が宏一(こういち)なのだが、意外と下の名前で呼ばることが少ないのである。

だから「こうちゃん」呼ばれるのが新鮮で、なんだか嬉しかった。

先生は広告代理店を経営しており仕事柄、異業種との交流も多く、僕をいろんな人たちと引き合わせてくれた。

「こうちゃん、お世話になった人への義理だけは欠かしたらアカンで!」

人と人とのつながりを大事にする先生は、そう僕に説諭してくれた。

「人の出会いは『一期一会』。『一期』は『一生』、『一会』は『一度の出会い』を意味するねん。どんな人との出会いであっても、そのときを大切にすべきという教えが、この言葉には込めらてるねんで」

先生はこの言葉が好きで、酔うといつもこの話をしてくれた。

でも、僕がこの言葉の意味を本当に理解できたのは、先生があっちの世界へ旅立った後だった。

2011年に僕が大阪を離れる時に、最期に先生とこのバーで飲んだ。

「こうちゃんがおらんようになると寂しくなるわ〜、シクシク」
「いやいや、すぐに帰ってきますので。そん時にまた飲みましょう!」
「ええか、あんたには力がある。その力を、人々のために使うんやで!」
「わかりました。ありがとうございます!」
「そう、人の出会いは『一期一会』。その瞬間瞬間を大切に、全力で関わることが大事やからな!」
「はい、ありがとうございます!」
「ほな、イチゴでも食べよか!」
「なんでやねん⁉️」

それが、僕たちの最後の会話になった。

地下鉄の駅で別れ際、とても名残惜しそうにしていた先生の姿が脳裏に残っている。握手をした時、小さな体にしては、大きな暖かい手だったのを覚えている。

そして次に僕が大阪に帰ってきた時、先生は写真の中の人になっていた。

一期一会。

人の出会いは一生に一度きり。

次があるとは限らないのだ。

僕たちは当たり前のように、また会えると思っている。

来年も再来年も、同じように肩を並べて飲めるだろうと。

けど、それは当たり前のことではないのだ。

急にお別れはやってくる。予告もなしに。

だから僕たちは、その瞬間瞬間を大切にするべきなのだ。

少なくとも、後悔だけはしないように全力で関わろう。

あの夜、ひょっとしたら先生は、これが今生の別れになるかもしれないことを知っていたのかもしれない。

僕はそんなことを想いながら、三杯目のジャックダニエルを飲んだ。

「新しい店は布施に出すから、また来てよ」とKozyさん。
「ええ、また寄せてもらいます」

僕はそう言って店を後にした。

味園ビルを出ると寒さが増していた。終電はとっくに出ており、年末ということもあり、タクシーがなかなか捕まらない。

さて、どうしたものか?

「しゃあない、歩きますか・・・」

僕は帰り道、あの頃もよく歩いて帰っていたことを思い出した。

そして、今も先生は僕の中にいることに気づいた。

先人が残してくれたものを、僕は受け継いでいる。

それを今度は僕が、その叡智というバトンを次の世代に渡していかねばならない。

それが、これからの僕の役割だ。

「こうちゃん、頑張りや〜!」

懐かしい先生の声が澄んだ冬空にきこえた気がした。

みなさま、本年もお世話になりました。
どうか、来年もみなさまにとって健康で、良き年にとなりますように!
ありがとうございました。

2024年12月31日 斎藤宏一



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